上司と部下(賀茂+エリカ+?+?)

綿津見村への派遣に向けて典薬寮では頻繁に会議が行われていた。
そして、本日開かれる会議で最終確認を終え、任が下れば実際に現地へと旅立つ。
その重要な会議の場に提出する書類をある人物がせっせと製作していた。



不備がないか何度も確認して作り上げた資料。
膨大な枚数になってしまったそれを一枚一枚印刷していく。
斜めに歪んでしまっていないか、適度な濃さで印刷されているか、丁寧に確認しながらの作業。
そして、それを机の上にページの順番にきれいに並べていく。
先程から、その時間がかかる作業をテキパキとこなしていく男と、そんな彼の様子を呆れたようにただ見つめているだけの女。
椅子に座り、机に肩肘を付き、ぼんやりと眺めるだけの彼女。
そんな彼女の態度に自然と疑問が浮かぶ。

(どうして上司である僕が働いているんだ?)

そう、典薬寮での立場は自分の方が彼女よりも上である。
高校二年生でありながら、既に典薬寮の役人でもある賀茂保典。
そして、ハーフであるため、金髪が眩く目を引く高原エリカ。
自分が上司で、彼女が部下。
それなのに先程から忙しく動く僕を尻目にただ座っているだけで手伝おうともしない高原。
「……高原、君も座ってばかりいないで手伝ってくれないか?」
そう彼女に声を掛けると、カタンと席からようやく立ち上がってスタスタとこちらへ向かってくる。
そして、何も言わずに机の上に並べられた紙を一枚一枚重ねながら集めていく。
資料を綴じるために準備したホチキスが机の上に二個置かれていた。
だが、作り上げるべき部数を考えると替芯を準備しておく必要があるだろう。
ひとまず、この場は彼女に任せ替芯を取りにその部屋をあとにする。


そして、替芯を入手して、先程の部屋へと戻る。
中に入るとぱさぱさと紙の音がする。
自分がいない間も手を止めることなく作業を続けてくれていたようで、既に出来上がったと思われる資料が何部か積み上がっていた。
この調子だと会議が始まるまでには十分間に合うとほっとしながら、机に近付き、完成した資料を一部手に取った。
そして、手の中のものへと視線を落としてすぐ、ぴたりとその場に固まる。
ガタガタと身体が震えてくる。
一瞬目の前が真っ暗になり、意識を失いそうになる。
その衝撃をギリギリのところで耐え抜いた後、積み上がっている完成した資料の山へと視線を移し、その山をばさばさと崩しながら一部一部に目を通す。
その間もぱちぱちとホチキスが資料を綴じていく音が聞こえていた。
資料に目を通していた賀茂だったが、その音を聞いてすぐに彼女を制止する。
「ちょっ、待ってくれ!た、高原!!」
ホチキスの音が止む。
「…何?」
ホチキスを右手に握ったまま、一言そう言い放つ。
不機嫌な声だった。
手伝えと言った後に、今度は待てと言う。
意味が分からないその目の前の上司の注文にどうしていいのかさっぱり分からない。
上司の言うことは聞くべきだという話をよく耳にする。
だが…、こうもよく分からない上司の部下になってしまうと、従う気力も徐々に失せてきてしまうものだ。
はぁ…、と大きくため息を付く。
とはいえ、エリカの上司である賀茂は典薬寮の中でも非常に偏った人物だった。

典薬寮には個性的な人物が多い。
その仕事内容から自然とそういう人材が集まってしまうのかもしれないが、確かに賀茂も例外ではなかった。
超生真面目な性格な上に、少々潔癖症でもあるという人間。
そのことはエリカも賀茂の下に配属されると決まったときに他の人間から聞いていた。
だからこそ、敢えて作業に加わっていなかったというのに。
これまでの会議を通しても彼と接しているため少しずつ彼の性格は理解していた。
そして、今日資料を印刷している段階からその超生真面目という点が浮き彫りになっていた。
だが、手伝おうにも「潔癖症」という点が引っ掛かる。
はたしてこの資料の製作の工程に私が関わってもいいのだろうか。
他人が間に入ることを嫌う人間なのではないだろうかと考えた。
まぁ、多少その超生真面目ぶりに呆れ、イライラしていたのも事実ではあるが…。
だがしかし、「手伝え」と命じられた。
だからその点は大丈夫なのかと理解し、手伝うことにしたというのに今度は「待て」。
何がいけないのかと不思議に思いながら、彼をじっと見つめる。


「この資料、紙が揃っていないのだが…」


「は?」
真剣な顔で予想も付かないことをさらりと言ってくる。
そして、自分が製作した資料を一部手に取り確認する。
確かに数枚がずれてしまっている。
とはいえ、ほんの少しのずれであって、気に留めるほどのものではない。
普通の人間だったら気にもしない点だろう。
そう、普通の人間だったら…。
「角はぴしっと揃えるべきだ。言わなかった僕も悪いな…。
よし、今から作り直そう!」
そう言ったかと思うと、折角完成した資料から丁寧にホチキスを外していく賀茂。
そんな彼の様子を見て、自分の中で何かがぶつりと切れる。
「か、勝手にしろっ!!!」
そう、心から思いっきり叫んだ後、その上司を部屋に残して飛び出ていく。
行き場の無い怒りを全て吐き出してしまわない限り、あの部屋には戻れそうもなかった。
それと同時に、落ち着いた後であの部屋に戻り、またイライラさせられるのではないかと思うとがっくりと項垂れるしかない。
どうしてあんな奴の部下になってしまったのだろうとつくづく後悔した…。


そして、そんな二人の様子をこそこそと覗き見ていた人影が二人。
「ありゃー、エリカちゃん、やっぱりだめそうですよ〜」
「前途多難だな…こりゃ」
多家良清乃と芦屋正隆である。
「だから言ったじゃないですかっ。
あの賀茂君とエリカちゃんをコンビにするのは厳しいかもしれませんよって!」
こそこそとした小声ではあるが、芦屋を非難するような抑揚のある言い方。
「でもなぁ、意外と上手く行くと思うんだけどなぁ。
何だったらお前が綿津見村までまた行くか?多家良」
こちらもぼそりと呟く声で囁く。

清乃の脳裡に二年前のあの季封村での出来事が蘇ってくる。
身分を隠して紅稜学院の学生として派遣され、後に転校してきた玉依姫、珠紀と築いた友情。
だが、仲良くなればなるほど彼女を騙しているようで辛かった。
困っている親友を助けたいのに、介入が許されず何も出来ない心苦しさ。
そんなものをまた味わうつもりは全く無い。
それに、もう一つ理由がある。
「あ、芦屋さん…。もしかしなくても、その怪しい微笑み…。
あのとき学生として潜入しろって私に命じたときと同じ笑いじゃないですか!
私、もう嫌ですよ!!
あれから二年も経っているんですし、私だってもう良い大人なんですからねっ!!」
一気に勢いのまま話してはいるが、相変わらずの小声。
感情に押されて大声を出すということをしないのは、こそこそとしている必要があるとやはり清乃が意識しているからだろう。
お互い仕事を抱えているにも関わらず、そこを抜けて賀茂と高原の様子を見に来たのだから、なるべく隠れておく必要がある。
それに自分たちが気にかけているということをあの二人に気付かれるわけにも行かない。

「多家良…、お前そうは言っているが、大して二年前と変わってないだろ?
相変わらずの幼児たい…、ぐっ!」

言葉を言い終わる前に、思いっ切り乙女の一撃が芦屋を襲う。
お腹を抱える芦屋をその場に残し、スタスタと清乃が走って行った。
その頬が少し赤いのは、芦屋が言おうとしていた言葉に対しての恥ずかしさからか、それとも、秘めた思いからなのか…。

そして、先程のエリカと同じく、どうしてあんな人の部下になってしまったのだろうかと後悔していた…。


完 初出:2007.08.06


あとがき

今回は典薬寮コンビの賀茂君とエリカ嬢です。
賀茂君の方が部下だとばかり思っておりまして上司だと知ったときは驚かされました(笑)
ですが、部下であるエリカ嬢から強気な態度を取られる賀茂君のへたれ具合も気になります。
個人的趣味から清乃ちゃんと芦屋さんコンビも登場させましたが、芦屋さん初書きです(あわわ)
彼らが翡翠に登場する確率は低いと思いますけれど、彼らのことだと匂わせる発言を誰かがしてくれたらいいのになと微かな期待を込めまして…。

それでは読んでくださった方、ありがとうございました。