揺れる思い(亮司+珠洲)
自分の祖父でもあり、綿津見村の村長でもある人物によって決められた婚約。
その相手は次代玉依姫の最有力候補として名高い人物、八坂真緒。
天野家と玉依姫とのつながりがそんなに欲しいのかと心の中で笑った…。
許婚としての関係は割り切ったものから始まった。
当たり障りの無い会話をして、本音を笑顔で隠す。
許婚である彼女もまた、そのような応対をしてくる。
本音を心の中に隠したもの同士、不思議と気が合う点もあったのかもしれない…。
次第と、月日が経つごとに親しくなっていく彼女と俺。
このまま何事もなく、祖父の思う道筋を辿って上手くいくものだと思っていた。
自分でも祖父の敷いたレールの上を歩く人生を受け入れつつあった。
そんなとき、彼女が消えた。
海神神社に封印されている龍神がザワつき始めているという情報は天野家にも入っていた。
そして、その怒りを静めるという役目も担っている玉依姫側が動き出す。
その動きを察するかの如く、暴走し始める龍神。
自ら暴れているのか、故意の暴走だったのかは今でも定かではない。
ただ残された現実は、その暴走を止めるべく彩子さんが命を落としたということ。
それから許婚である彼女までもが行方不明になったということだった…。
「折角の許婚が消えてしまったら意味がないのぅ…」
お互いの想いが通じ合おうとしていた矢先に突如いなくなってしまった真緒。
悲しみに暮れる中、ぼんやりと廊下を歩いていたときに聞こえてきた祖父の声。
祖父の部屋から偶然聞こえてしまった彼の独り言…。
心の中が煮えたぎるかのように熱く、赤く染まる。
家のことしか考えていない祖父。
そして、その祖父の血が己にも流れているのかと思うと吐き気がした…。
許せないというような怒りさえも通り越した瞬間だった。
それから、ますます本音を笑顔の下に隠すようになる。
他人に己の心を読まれないように注意し、踏み込ませないようにたまにとげを刺し、他人から一歩身を引いた生活。
「何を考えているのか分からなくて、気味が悪いくらいだわ…」
そう言った陰口が親族の間で湧き上がる。
それすらも何故か心地良かった。
そんな自分に何故か笑顔を向ける人物が一人。
高千穂珠洲。
彩子さんの娘であり、あの日の後、残された唯一の玉依姫候補。
真緒や彩子さんに会いに頻繁に高千穂家を訪れていたから、この姉弟のことは小さい頃から知っている。
そして、今でも何かと世話を焼く。
助けて欲しいと言われるでもなく、助けたいと思うわけでもない。
それなのに彼女達に関わり続けている自分。
どうして他人と距離を置こうとする自分が、珠洲と陸のことは気にかけてしまっているのか。
自分の心が分からない。
生まれる戸惑い。
本音を隠そうとするあまり、自分にも本音を隠してしまっているのか…。
真緒が消えてしまったあの日、もう誰にも心を開かないと決めた。
それなのに。
どうして。
「亮司さん、修行のために玉依姫に関する資料を見せてもらってもいいですか?」
自分への来客はこの子だけだろう。
他人と距離を置く余り、今度は他人から距離を置かれる対象になっているのだから。
いつも通りのあどけない笑顔できょとんとしている彼女。
そんな彼女を家へと招き入れる。
揺れる思いを笑顔で隠して…。
そして、また蘇った彼女との再会によって彼の心は大きく揺れ動く。
別れが必然だったように…、その再会も必然だというのだろうか。
完 初出:2007.08.05
あとがき
さ、最初に…、村長を悪役にしてしまいまして…す、すみません!(あわわ)
果てしなく良い人だったらどうしましょう…、むぅ。でも、あの顔は…(オイ)
と、とにかく、亮司さんは本当に謎多き人ですよね。
個人的解釈が多い上に、何やら暗い作品になってしまいましたが、今回も書けて良かったです。
それでは読んでくださった方、ありがとうございました。