引っ越し準備(克彦+小太郎)

引っ越しの準備が着々と進められていた。
ここの里にいられるのもあと数日。
親しい仲間との別れの後には、また新たな出会いが己を待っているのだろうか…。



自分の荷物は自分で整理するように、と畳まれたダンボールがいくつか家に運ばれてきた。
そのダンボールを自室に運び、どさっと部屋の隅に置く。
目の前に広がるのは雑然とした自分の部屋。
これをどうやって片付けろというのだろうか…。
はぁと一つため息を付き、片付けを始めるでもなく、別の部屋へと向かう。

ぱたぱたと足音を立てながら、目的の場所へと辿り着く。
「兄貴ー、ちょっといい?」
そう、廊下から部屋の中へと声を掛ける。
数秒後、スーっと襖が開き目の前に自分の兄、克彦が不思議そうな表情をして立っていた。
「小太郎か…、何か用か?」
そう、問いかけてくる兄の後ろをひょいっと覗き込む。
相変わらず己のあの部屋とは違って、整然としてきれいな部屋。
そこにダンボールが数箱置かれていて、既に荷物をまとめているようだった。
(さすが、兄貴…)
心の中だけでそう賛辞を呟きながら、そのダンボールの数を数えて唖然とする。
「え?兄貴の荷物ってこんだけなの?」
「ん?あぁ、そうだな。
元々私物は多くは無いし、要らないものは処分していくつもりだからな…」
淡々と述べる兄。
「へぇー…、そ、そうなんだ…」
自分の部屋の惨状を想像すると思わず眩暈がしてきて、「ヤバイ…」と小声で呟く。
そんな弟の様子を見て、何かが思い当たった克彦。

「小太郎…、お前、まだ片付けを始めていないのか?」

その問いにぎくっと、肩を動かした後、視線がきょろきょろと泳ぐ。
自分の予想が的中したことに大きくため息を付き、厳しい口調で言う。
「やはりな…、ただでさえお前はすぐに飽きるから余計に時間がかかるだろう。
それなのにまだ日があると思っていたらあっという間に出発の日になるぞ…。
今日から荷物をまとめ始めろ」
「えぇーー…」
嫌そうな顔で訴えてくる。
引っ越しの準備のどこが面倒なのかさっぱり分からない。
ただ私物をダンボールにまとめればいいだけだろう。
うーん…と、滅多に弟の部屋に行かないため現状を知らない兄が不思議がる。
「はぁ…、とにかく、出発まであと一週間もないんだからな。
当日までもたもたしていたらお前は置いていく、小太郎。
それが嫌だったら、自分でなんとかしろよ…」
そう、不満そうな弟に一方的に言い放ち、ぴしゃりと襖を閉める。
「えっ?ちょっ、あ、兄貴!」と驚いた弟から声が掛かるが、それを無視して、途中で止めていた私物の片づけを黙々と始める。
襖の向こう側から、大きなため息が一つと、とぼとぼと帰っていく足音が聞こえる。
困った奴だとふっと笑った後、「頑張れよ…」とぽそりと呟く。


そして、克彦の言うとおりにあっという間に時は過ぎ、出発日の前日になった。
自分の部屋に小太郎が尋ねてきたあの日以来、敢えて弟に片付けの進み具合を尋ねることはせず、放置してきた兄。
もう自分の私物の片付けはすっかり終えてしまっていて、部屋の隅にガムテープで封をしたダンボールが数箱あった。
ふと、弟の様子が気がかりになり、彼の部屋を訪ねることにする。
昼食を早々に済ませた後、ばたばたと走って行ったから部屋でまだ片付けをしているのだろう。

「小太郎!俺だが…、入ってもいいか?」
「え?あ・・・、兄貴ぃ!?ちょっ、ちょっと待って!……、うわあぁぁぁ!!」
何か叫び声が聞こえたか、と思ったのも束の間、ドサドサーっと大きな物音が響く。
い、嫌な予感はした…。
この襖を今開けてしまえばもう引き返せないのではないかという思いが一瞬にして浮かび、続いて警告音が頭の中で鳴り響く。
だが、しーんとした静寂が包んでいるこの空間がどうなっているのか、見なければいけない気がする。それに、弟の安否も気がかりだった…。
恐る恐る襖を開けようと、手を掛けて引く。
途中ガタガタと何かに引っ掛かりながらようやく開く襖。
そこで見た光景…。
ダンボールと大量の荷物の下敷きになって必至にそこから抜け出そうともがいている弟。
ただ部屋の隅に既に封をしているダンボールがいくつかあることが救いか。
微かな希望だとしてもどこかにそれを見出さなければやっていけない。
はぁ…とため息を付き、小太郎の上に乗っている一番大きなダンボールを取ってやる。
もう現状は把握してはいるものの、一応ようやく抜け出した弟に問う。
「こ、小太郎…、これはどういうことだ?」
「あっ、いや、えーっと…」
しどろもどろに慌てながらも、「でっ、でも、俺の計画では今日の夜中には終わるはずだから!」と拳をぐっと握り締める。
どこからそんな自信が沸いてくるのか、不思議でならない。
根拠の無い自信に満ち溢れ、キラキラとした目。
(本当に困った奴だ…)
そう思いながらも、厳しく言い放つ。

「俺はお前を手伝うつもりはないぞ。
最初に言ったように間に合わなかったら置いていくからな」

「う…うん、分かってるよ…」
先程まで自信に満ち溢れていた瞳が一瞬曇る。
やはり自分でも間に合うのか不安なのだろう。
だが、ここで助けてやっても弟のためにはならない。
「とにかく、頑張れよ」とだけ言い残し、自室へと戻って行った…。


夜中になってもいそいそと片付けをし続けている小太郎。
さすがに夕食も食べずに頑張った分、なんとか出発には間に合う目処が付いて来た。
とはいえ…、空腹が堪えて、疲労感が増してきたようにも思える。
ぐぅーと先程から頻繁に鳴り響く腹の虫。
もう何回目かさえも分からない。
「腹減ったな…」と虚ろな目で悲痛な思いをぽそりと呟く。
睡魔が襲ってくることもなく、頑張れば徹夜も可能だろう。
ただ元気が出ない…。
夕食を断ることなく少しだけでも食べておけば良かったのかもしれないと後悔してももう遅い。
ふと弱音を吐きたくなってくる。
でも、そんなこと自分のプライドが許さない。
進んでいるようで進んでいないような作業に次第にイライラしてくる。
はぁ…と盛大なため息を付いたとき、スタスタと人の足音が聞こえてくる…。


「小太郎、まだ起きているなら、これを受け取れ」


そう、襖の向こうから兄の声と、コトリと何かを置いた音がする。
それから、またスタスタと遠ざかっていく足音。
そろりと襖に近付き、開けるとおにぎりが乗ったお皿とお茶がお盆に置かれていた。

美しき兄弟愛かな……


完 初出:2007.08.04


あとがき

今回は壬生兄弟にしてみました!どんな兄弟関係なのか本当に気になります。
厳しいようでさりげない優しさを持つ壬生兄…。突き放しつつ、たまに手を差し伸べてくれる兄。
かなり捏造と妄想が入っておりますが…、この二人が仲良しならいいなと思います。
頑張って発売日まで駆け抜けたいですね(願)

それでは読んでくださった方、ありがとうございました。