見守る者(加奈+沙那+珠洲+?)
玉依姫候補としての修行の日々が始まっていた。
当代の玉依姫である母に仕える使い魔である加奈と沙那。
その二匹が珠洲の修行の先生だった…。
台所で包丁を握って、必死にじゃがいもの皮を剥いている珠洲。
慣れない手つきがとても危うく、いつか指を切ってしまわないかとひやひやしながら見守る沙那。
「!いたっ!!」
そんな最中、珠洲が叫ぶ。
その声を聞いて、慌ててパタパタと駆け寄ってくる沙那。
「珠洲様っ!!だ、大丈夫ですか?」
おろおろしながらそう尋ねる。
「うん、大丈夫。驚いて叫んじゃったけど傷は浅いみたいだから…」
「そっ、そうですか…」
ほっと胸を撫で下ろしてから、ばんそうこうをそっと手渡す。
それを受け取って、傷口を洗ってから指に巻く。
よく見れば珠洲の指にはところどころばんそうこうが貼ってある。
沙那が担当している修行は家事修行で、料理を中心に教えていた。
ただ包丁を握るのにまだ慣れていないことと相まっての珠洲のうっかりした性格。
毎度の如く、軽い怪我を作り続けていた…。
そんな彼女の様子を見て自分の教え方が上手くないことを悲しく思いながら、そして、居ても立ってもいられなくなっていた。
「珠洲様!ほ…、本日の修行はここまでにしておきます…。
これから先は私が料理を担当しますので、まずは私の手捌きをご覧になっていらして下さい」
そう言ってから、台所にある椅子に座るように彼女を促す。
そんなとき、ばたばたとものすごい勢いで何者かが台所へと走って向かってくる。
「沙那のバカもーんっ!そうやって甘やかすから、こやつが全く成長せんのじゃ!!」
「ねっ、姉様!?」
大声で叫んだ後、怒った顔で台所の入口に仁王立ちになっている女の子。
頭に生えた黒くてふさふさした耳が怒りのあまりピンと立っていた。
沙那の双子の姉というだけあって、そっくりな容姿をしている加奈。
違いといえば、白い点と黒い点、そして決定的な違いは二匹の性格だった。
いつもおどおどしていておとなしい沙那と強気な態度でサバサバしている加奈。
「全く…、近頃は私の修行には顔を出さず、何をしているかと思えば…。
本日の家事修行が終わったというのなら、今すぐこちらの修行を始めるぞ!
さっさと神社に来るのじゃぞ!」
そう一方的に叫んでから、またばたばたと勢いよく走って行った。
台所に残るのはしんとした沈黙だけだった…。
加奈が担当している修行は巫女修行。
言うならば、カミ様をまだ見る力が弱い珠洲への特訓である。
強気な性格からして想像が付くように、それはかなり厳しい修行だった。
そこから逃げるわけではないが、毎日の巫女修行には到底体力が付いていかず、最近は家事修行ばかりに精を出していた。
「うーん…、あのまま加奈を放って置いたらまた怒っちゃうだろうし…。
今日は巫女修行もすることにしようかな…」
神社の境内で待ち構えている加奈の様子を想像して、自然とため息が零れる。
「珠洲様…、一日に二種類の修行をこなすのはさすがに疲れますでしょう。
姉様が、す、すみません…」
そう、しょんぼりとして謝る沙那。
彼女の頭に生えた白い耳までもがへなりと項垂れていて、そんな様子が少し可愛いとさえ思ってしまう。
「ううん、大丈夫!沙那が謝ることなんてないよ?
それに、沙那の修行もまだ続きがあったのに、途中で抜けることになってごめんね?
沙那の美味しいご飯に期待して頑張ってくるねっ!」
項垂れたままの沙那の頭を笑顔でぽんぽんと優しく撫でてから、覚悟を決めて神社へと向かう。
そして、沙那はその背中を「行ってらっしゃいませ」と優しく見送り、剥きかけのじゃがいもを手に取った…。
その日の夜遅く…、静まり返った高千穂家のある一部屋に明かりが点いていた。
「加奈、沙那。珠洲の修行はどう?上手く行きそうかしら?」
優しく尋ねる女性の前にきちんと正座している二匹の使い魔。
「まだまだじゃ!全く…手が掛かりすぎて困ったものじゃぞ…」
心底呆れた様子で、その問いに答える。
「ね、姉様!そんな報告を彩子様に申し上げては…」
「ふふふ、いいのよ、沙那」
わたわたする沙那に対して優しい微笑みを見せる女性、高千穂彩子。
珠洲と陸の母であり、そして、当代の玉依姫でもある。
玉依姫である彼女に仕えるのが本来の使い魔の役目。
しかし、あるときその仕えるべき対象から珠洲の修行の面倒をみてやって欲しいと頼まれ、今では珠洲の先生であり、お目付け役になっていた。
「彩子こそ、休まなくていいのか?明日は大事な日なんじゃろう?」
目の前に座る玉依姫の目をじっと見つめ、低い声で尋ねる加奈。
「あら…、加奈、気付いていたの?」
一瞬驚いた様子を見せたが、すぐにそれを笑顔で隠す。
「ね、姉様!彩子様を…、よ、呼び捨てなんて失礼ですよっ。
…それから、やはり明日実行なさるおつもりなのですか?」
「えぇ…、もう猶予がないのよ…。
明日実行しなければ、この村は飲み込まれて全て消えてなくなってしまうわ。
そして、それをすべき立場は私。私がしなければいけないことなのよ」
どこか遠くを見ているような瞳をしていた彩子だったが、話し続けていくうちに強い意思がその瞳に現れてくる。
「そ、それでしたら、どうか私と姉様を一緒にお連れになってください!」
懇願するように、涙をその瞳に湛えながら悲痛な思いを訴える。
「沙那…、ごめんなさい。その気持ちだけ受け取っておくわ。
どうか珠洲と陸のことをよろしく頼むわね…」
「そっ、そんな!!彩子様!今一度お考え直しをっ!!」
ぽんぽんと優しく頭を撫でてくれる玉依姫に向かってすがる思いだった。
代々仕えてきたのだから、今までにも幾度となく玉依姫との別れは経験していた。
それなのに今回はあまりにも早すぎる別れ。
「沙那、やめておくのじゃ。もう彩子は揺ぎ無い決意をしておる…」
隣で静かに座っていた加奈がそんな沙那を淡々と制する。
「ね、姉様は…、それでよろしいんですか!?」
行き場の無い悲しい思いを抱えたまま姉の方へと顔を向け、目を丸くする。
加奈も泣いていたのだ…。
「加奈、沙那。本当にあなたたちには世話になりましたね…。
それに心配しなくても大丈夫よ。
頼りにしているもう一人の玉依姫候補が同行してくれるようだから」
そう優しく呟いてから、泣いている二匹にそっと寄って彼女たちを優しく抱きしめる。
あの運命の日の前日のことだった…。
そして、今日も相変わらず修行の日々が続いていた。
すぐに怒って厳しい加奈と自分の教え方に奮闘している沙那。
そんな二匹の心の中にはいつも同じ想いがあった。
空からあの優しい微笑みで見守っているだろう彼女に恥ずかしくないように、目の前のまだまだ頼りないこの娘を育て上げてみせる、と。
完 初出:2007.08.03
あとがき
予想に反して、だということは十分承知しておりますが、加奈・沙那、そして、珠洲母です…。
雑誌情報で口調等調べた上で書きましたが、絶対いろいろと間違っている自信があります(苦笑)荒れ狂う龍神との戦いも前知識がほぼなく捏造ですので、加奈・沙那は付いて行っているかもしれませんね(笑)
絶対に今しか書けない作品のはずですので、この機会に形に出来て良かったです。
それでは読んでくださった方、ありがとうございました。