夏の訪れ(陸+珠洲)

じりじりとした暑さに、みんみんと鳴くセミの声。
登下校を繰り返すたびに徐々に黒くなってきたと思える腕。
今年も綿津見村に夏がやってきたということなのだろう…。



一人で学校からテクテクと歩いて家まで帰っていく。
(姉さんはもう家に帰っているだろうか……)
自分よりも一つ年上の姉、珠洲。
彼女とは毎朝一緒に登校しているものの、学年が違うと帰宅時間がどうしても合わなくなってしまうため、帰りは別々に帰宅することになっていた。
朝はきちんと間に合う時間に家を出ているはずなのに、姉の忘れ物を一緒に急いで取りに帰ることになり、時間ギリギリで慌しくなってしまうことも多々ある。
だから、こうして一人で静かに帰る下校時間はそんな陸にとって貴重な時間になっているのだが、やはり心のどこかではその静けさを寂しく思うときもあって、自分でもどうしたことかと思ってしまう。
それにしても、先程からじりじりと照らしてくる太陽が暑くてたまらない。
むわりとした空気が自分の身体にまとわりついてきて、じわりと汗をかく。
既に喉がカラカラで、一刻も早く水分補給が必要だと訴えてくる身体。
このまま歩いているよりは少しでも早く家に辿り着きたいという気持ちが次第に高まってきて、家に向かって駆け出した…。


ガラガラと音を立てながら、玄関を開ける。
その場で額の汗を拭い、荒れた呼吸を整える。
ふと視線を落とすと、きちんと置かれた靴が一足。
母親が行方不明になってしまってから、この家に出入りする人物は少なくなり、限られるようになった。
それに、この靴は自分が毎日目にしているものだった。
(姉さん…、帰っていたのか)
「ただいま」とぽそりと呟きながら、靴を脱ぐ。
そして、一目散に台所へ向かおうとしたが、その前に自分のカバンを置きに部屋に行こうかとしばし考える。
ただ自分の部屋に行くよりも、居間に行くほうが台所には近い。
そこで、ひとまず居間にカバンを置くことにして、居間へと続く襖を開ける。
予想も付かない光景が目の前に広がることになるとは全く思いもせずに…。

「ね、姉さん?」

居間には陸の姉、珠洲がいた。
「あ!陸、おかえり〜」
そう、笑顔を陸に向けながら、彼女が握っているのは膨らみかけのビーチボールだった…。
彼女が座る周りにも点々と何やらしぼんでいるものが散らばっていた。
浮き輪だと思えるものから、ゴーグル、そして、ビーチボール…。
まさに夏の海にもってこいのものばかりがどうしてこんなに居間に集められているのか。
「姉さん、一体これは?」
襖を開けたまま立ち尽くしていた陸が口を開く。
「んん?海に遊びに行くときに持っていくものだよー。
また今年も晶と陸と三人で海に遊びに行こうね!
夏休みなんだから思いっきり遊ばないと!」
そして、また膨らみかけのビーチボールを膨らませようと奮闘し始める彼女。

海と山に囲まれた小さな村、綿津見村。
確かにこの村で夏の遊びといえば、海で遊ぶことだろう。
例外ではなく、毎年陸と晶兄と姉さんの三人で遊びに行ってはいる。
思えば夏の思い出といえば海での思い出が多い。
浮き輪でぷかぷかと浮かんでいた姉さんがいつの間にか遠くに流されていて、それを晶兄と一緒に必死に追いかけたひと夏。
それから、スイカ割りに挑戦したいと言い出した姉さんを見守っていたところ、いつまで経ってもスイカが割れず、結局しびれを切らした晶兄が割ってしまったひと夏。
数え上げても数え切れないほどの思い出。
その全てに姉さんが関わっていることは言うまでも無い。
そして、毎度の如く姉さんは何かをやらかしてしまうのだ…。
今回も例外ではなかった。


「姉さん…、言いにくいんだけど、まだ夏休みじゃないよ?」


その陸の言葉からしばしの沈黙。
空気を入れていたビーチボールを離し、驚いた顔で陸の方を見つめる。
「え?あれれ?まだ夏休みじゃないの?」
うーむ…と不思議そうに考えている珠洲にぎゅっと抱かれたビーチボールの空気が次第に減っていき、しぼんでいく。
「終業式、まだ終わってないだろ?だから、まだ海には遊びに行けないよ…」
「あれ?そうだったかな?うーん…。
でも、今日海で子供たちが泳いでいるの見たのにな」
その光景を思い出しているように、頭上の空間を見つめながら呟く彼女。
「姉さん、その子たち小学生だろ?
小学校は今日終業式だったんだよ。だから、遊んでいてもおかしくないよ」
「高校と小学校だと日にちが違うんだ…。
ちなみに私たちの高校の終業式はいつなのかな?」
同じ学校に通っているのだから、自然と知るだろう情報を普通に尋ねて来る。
まぁ、陸にとってはそんな珠洲の言動にもすっかり慣れているので特に呆れも驚きもしなくなっていた。
「一週間後。あと七日で終業式」
そう答えてから、「あと一週間もあるのかぁ」と残念そうに呟く珠洲を居間に残し、台所へと向かう陸。


コップに入れた冷えたお茶を一気に飲み干して、ふぅと一息吐く。
(また今年も海に行くのか……)
晶兄と姉さんと三人で遊ぶのが楽しくてたまらなかった子供の頃。
「仲の良い姉弟ですね」と言われる度に照れくさくもあり嬉しかった。
いつからだろう。
いつまでも姉さんとは一緒にいられないと知ってしまった時からか…。
どんなに仲が良くても、いつかはお互い別々の人生を歩まなくてはならなくなる。
そう思うと、心がチクリと痛くなる。それは寂しさからの感情なのか…。
まだ自分でもよく掴めていないが、「姉弟」という絆に対していつの間にか不思議な気持ちが生まれていた。

「今年の夏は何かが変わるのか…」

そう、ぽそりと呟いてから、姉が居る居間へと向かった。
両手に珠洲と自分の分のお茶を二つ抱えて…。


完 初出:2007.08.02


あとがき

真緒姉様の次は、高千穂姉弟にしてみました。
珠洲のうっかりなところを考えていたら、かなりのうっかり屋さんになっていました(あわわ)
それから、陸が晶のことを何と呼んでいるのかは分かりませんでしたので想像で…(笑)
作品中に数字を入れてみようと思い立ち、小学校と高校をずらしましたが同じ日かもしれませんね…。

それでは読んでくださった方、ありがとうございました。