短冊への願い事(拓磨×珠紀)

そよそよと風が吹き、きれいに飾り付けられた笹の葉がさらさらと揺れて音を立てる。
短冊に記された一つ一つの願い事がその風に乗り天へと昇っていく。
織姫と彦星は、今年は出会うことが出来るのだろうか…。



今年も七夕がやってくる。
誰が持ってきたのだろう、教室の一角に笹の葉が備え付けられていた。
そして、大量の短冊とこよりも準備され、クラスの皆でその笹の葉を飾りつけることになった。
思い思いに自分の願い事を書いては枝へとぶら下げていくクラスメイトたち。
珠紀も例外ではなく、その行事に参加していた。
現在、まだ何も書かれていない短冊が一枚珠紀の机の上に広がっていた。

「あれ〜?まだ何も書いてないの?」

一体何を書こうかとペンを握ったまま考え込んでいたとき、頭上から声が掛かった。
「あ…、清乃ちゃん」
顔を上げると、好奇心に満ちたキラキラした目をして清乃ちゃんが立っていた。
多家良清乃。
典薬寮から派遣されてきた国家公務員でありながら、学年が上がった今でも未だ紅陵学院に在籍していて、また同じクラスになった彼女。
もう彼女の素性には触れるまい。
「なーんだ、残念。こっそり君のお願い事を覗こうと思ってたのにー。
それでそれで?何をお願いするのかな?」
目の前でころころとその表情を変えていく。
本当にこの子は見ているだけで百面相みたいでおもしろい。
「まだ考え中。清乃ちゃんこそ何をお願いするの?」
彼女が片手に握っている短冊。
具体的に何が書かれているのかまでは読み取れないが、字らしきものが見える。
しかも、なんて欲張りなんだろう…。彼女は満面の笑みで大量の短冊を握っていた。
「え、これ?なになに?私の願い事、そんなに知りたいの?」
知りたいと言って欲しそうな顔で、珠紀にニヤリと笑いかける。
「いや、そこまで知りたいわけじゃないよ?ただ願い事が多いなぁと思ってさ…」
珠紀が何を言おうとも、自分から話すつもりだったらしい。ペラペラと語り始める彼女。
「いろいろと夢が多すぎて、一つに絞れなかったんだよ〜。
あのおせんべい好きをギャフンと言わせたいし、貧乏暮らしから抜け出したいしっ!!」
拳を強く握り締めて力いっぱいにそう話す彼女。
「清乃ちゃん…、それ、折角書いたんだから飾ってきたら?」
その拳の中でしわしわになっていく短冊を見かねて彼女に提案する。
珠紀が呆れていることには気づかず、笹の方へとぱたぱたと駆けて行く…。
そんな清乃の後ろ姿を見送り、また意識を目の前の短冊へと向ける。
そして、自分の願い事に十分気持ちを込めながらペンを動かす。


「た?」


「っ!?」
思わずがばっと顔を上げると、今度は拓磨が目の前に立っていた。
「なっ、み、見たの!!??」
慌てて短冊を隠す珠紀。何故か思いっきり動揺している。
「いや、悪い。「た」しか見てないぞ?
それよりもう昼休み始まってるだろ。慎司が屋上で待ってるだろうし、お前行かないのか?」
真弘先輩と祐一先輩は三月で卒業してしまって、もう一緒に屋上で昼食を取ることもなくなったが、今は残された屋上メンバーの慎司君と拓磨、私の三人で相変わらずお昼を共にしている。新学期の始まりとともにクラス替えが行なわれたが、清乃ちゃんと同じく拓磨ともまた同じクラスになっていた。
気付けば昼休みが始まって、10分は経とうとしている。
短冊の飾りつけを終えてから屋上に行こうと計画していたのに、悩みすぎてしまったみたいだ。
そんな私を気遣って呼びに来てくれた拓磨にここは感謝すべきところなのだろうが、今はそんな余裕もない。
短冊に書いた願い事を見られなかっただけ、よしとしよう。
ふぅと一つ息をはき、高鳴り焦る気持ちを抑えながら不思議そうにこちらを見ている拓磨に返事をする。
「うん、すぐに行くから拓磨は屋上に先に行って?
待たせるのも悪いし、先に慎司君とご飯食べてていいから。ね?」
えへへ、と笑顔を作ると、少し怪訝そうにしながらも「あぁ、分かった」とだけ言って屋上へと向かってくれた彼。
その後、はぁ〜と盛大に大きな溜息をひとつすると、自然と身体の力が抜けていく。
心からほっとして、隠した短冊をこそこそと引っ張り出してきて眺める。
「見られなくて良かった…」
思わず口から出た一言だった。


「珠紀先輩遅いですね?」
弁当を広げて、少しずつ食べながらそう拓磨に話しかける慎司。
「そうだな…、すぐに来るとは言っていたんだが…、あいつ何してるんだ」
屋上の扉へと視線を向けるが、珠紀がやってくる気配もない。
「そういえば、そろそろ七夕みたいですね?拓磨先輩のクラスにも笹の葉飾ってあるんですか?」
「あぁ。慎司のクラスもか?」
「えぇ、でも、お願い事を書くのがどうしても気恥ずかしくて…まだ僕の短冊はないんですけど」
そこまで言うと、少し照れくさそうに笑って、それからまた話を続ける。
「拓磨先輩は何かお願い事しましたか?」
「いや、俺もああいうのは苦手で…。そういえば、あいつは何か書いていたな」
「そうですか!珠紀先輩の願い事は何だったんですか?」
「いや…、それが覗いてしまったんだが「た」と書いてあったな。それ以上は見ていないが、どういうわけかひどく慌てていたな…」
その拓磨の言葉を聞いてから、うーんと少しの間考える慎司。
そして、「あっ!」と何かが思い当たった顔をして呟く。
「それ、もしかしたら、拓磨先輩の「た」だったのかもしれませんね…」
自分でも「た」の続きは何だったのだろうと屋上に着くまで考えはしたが、思いも付かなかった慎司の意見に飲もうとしていたお茶を思わず噴き出しそうになる。
「いきなり何を言うんだ!」と慎司に突っ込もうとしたとき、何も知らない珠紀が屋上へとやってきた。
笑顔が眩しい…。
そして、そのまま珠紀と慎司が昼食を食べながら他愛もない話を続けていたが、先程の慎司の一言がどうしても頭の中から離れず何も考えられなかった…。



そして、昼休み・午後の授業の時間があっという間に過ぎていき、もう放課後。
一緒に帰る帰り道。それとなく隣を歩く珠紀に問いかけてみることにした。
「あ…あのさ、珠紀。結局、短冊には何て書いたんだ?」
「えっ!?何でいきなりそんなこと聞くの!?」
偶然覗いてしまったあのときと同様に戸惑い始める珠紀。
(怪しい…)
どうしてそこまで珠紀が自分の願い事を隠したがるのか。
そんなはずはないと授業中も自分で自分に言い聞かせたが、そこまで動揺されると慎司説が正しいのではないかと思えてきてしまってそんな自分に切なくなる。
「俺に知られたら困る願い事でも書いたのか?」
心の中で微かに高まっていく期待を必死に表に出さないように抑えながら、でも、余裕は見せたくてニヤリとした笑顔を作りながら目の前でおろおろする彼女に尋ねる。
「うーん…、そうだなぁ…」とあごに手をやり考えた後でカバンを開けガサゴソと探る。
そして少し困り顔で短冊を手渡してくれた。
少しドキドキしながらその短冊に書かれた珠紀の願い事を見る。
一瞬にして目が点になった。
そこには大きくこう書かれていた。


「たくさんお菓子が食べたい   珠紀」


「たっ!?」
慎司説など遥かに超える願い事に思わず大声を出す。
その後で急激に自分を襲ってくる虚しさ、恥ずかしさ。
はぁ…と溜息を付くと、その溜息を自分に付かれたと勘違いした珠紀が顔を赤く染めて怒り出す。
「だって美鶴ちゃんがお菓子の食べ過ぎは健康によくないって言って食べさせてくれないんだもん!!拓磨だってタイヤキ好きなんだから、その気持ち分かるでしょっ!
もう…、だから見られるの嫌だったのに…」
そんな彼女をなだめながら、その短冊をそっと返す。
(疲れた…)
そうして昼休み同様、何も考えられないまま拓磨は珠紀と帰って行った。


そして、今日は七夕当日。
珠紀は家の縁側から晴れた夜空を眺めていた。
(織姫と彦星はもう出会えているのだろうか…)
そう空の上の二人へ思いを馳せながら、生徒手帳を広げ小さく折り畳まれた紙を取り出す。
擦れ合う音を立てながら紙を広げると、それは短冊だった。
珠紀が彼から隠した本当の願い事。

「たくまとずっと一緒に生きていけますように   珠紀」

拓磨にあのとき見られそうになった短冊。
ついつい書いてしまった気持ちだったが、これを不特定多数の人に見られてしまう学校の笹には恥ずかしくて飾れない。
そういうことで急きょあのあと別の願い事を書き、これは自分で持っておくことにした。
「それに…、この願い事は自分の力で叶えないとね」
またその短冊を小さく折り畳んで生徒手帳に挟む。
澄み切った空気を思いっきり吸い込んで、優しく微笑んだ。
誰に、でもなく、ただ思わず出た微笑みだった…。


完 製作日:2007.07.07


あとがき

七夕記念の作品を書いてしまいました。
1000hit 記念で行なったサイトアンケートで二位になった拓磨です!
久しぶりに書いた拓珠。拓磨、慎司君のキャラが壊れているかもしれません…。
この作品に清乃ちゃんはいなくてもいいような気もしますが、久々に彼女を書きたくて出演させました(笑)

七夕、皆さんはどんなお願い事をされましたか?

それでは読んでくださった方、ありがとうございました。