幸せな時間(真弘×珠紀)

人の価値観はばらばらで…。
自分と同じように相手が思っていることの方が稀なのかもしれない。
でも、だから自分が好きなことを相手もそう思っていると分かると嬉しい。
そして、もっと好きになる。そのことも相手のことも…。



大切にしたい時間がそこにある。
他の人にとってはたいしたことないことかもしれない。
でも、隠れ家のような場所で自分だけのお楽しみを満喫するというのも楽しくて仕方ない。
まるで自分しか知らない世界を見つけてしまった子供のようで。

高い所から空を見上げて、遠くの景色を視界に映しながらすーっと思いっ切り澄んだ空気を身体の中へ。
グラウンドで部活動に励む生徒達の声が聞こえてきて、沈んでいく太陽が辺り一面を暖かく包んでいく。
その明かりに照らされて村の田んぼや屋上の床がきれいに光る。
珠紀はそんなひとときが本当に心地良くて、たまにこうしてゆっくりと流れる時間を存分に堪能してから帰路に着いていた。

隠しているわけでもないが、多分まだ誰も知らない私のこの行動。
都会で長年暮らしてきた分、季封村の自然の美しさは本当に真新しいものばかりで、できるだけこの自然を慈しむ心を忘れないで生きていけたらなと思ってもいる。自然に慣れてしまって顧みなくなることはさすがに寂しいことのような気がして。
そして今日の放課後もふと外の空気が吸いたくなってカバン片手に屋上へと向かう。
昼休みを屋上で過ごすようになってから頻繁に足を運んでいる場所。
どうしたことか守護者以外の生徒がここに来ているのを見たことが無い。
昼休みは私たちで陣取っているようでなかなか他の生徒は近寄りがたいのかもしれないからなのかなと思っていたのだが、それは放課後も変わらなかった。
これまでにも何回か一人で屋上にいたことがあったけれど一度も誰かと居合わせたことが無い。
そして、それは今日も変わらないことだと思っていた。


軽快に階段を上った後で、ドアノブを回して屋上へと続くドアをゆっくりと開ける。
すると、沈んでいこうとしているオレンジ色の太陽が正面に見える。
その景色の美しさに我を忘れてドアを開けたまま、しばらくぼうっとしてからドアを閉め、屋上の中心に向けて数歩歩み始める。
「きれいだなぁ…」とぽつりと言葉を漏らす。
やっぱり今日もここにきて良かった、と大切なひとときをかみ締めていると、ふと頭上から人の声。


「お前、また来たのかよ?飽きない奴だな」


自分に落ちてくるその声を追って見上げると、踊り場の屋根の上に人が腰掛けている。
一番初めにその人に出会ったときのことを思い出す風景。
「よっ」と小さく言葉を発した後、身体を傾けてそこから飛び降りる。
落ちていく身体にかかる勢いを風の力で弱めてふわりと珠紀の前に降り立つ。身にまとった風が優しく珠紀の頬を掠める。
この人が自分の持つ風の力を使っているのをこれまでにも何度も目にしてきた。
自分にはないその力。それが彼が異形のモノであるから故のものだとしても、風を巧みに支配下に置く姿は自分にとって恐ろしいものではなく、何度目にしてもスゴイと感嘆してしまう。
その力で何度も私を助けてくれているからか、彼の人となりを知っているからか、恐れる気持ちは微塵も無い。

「真弘先輩も屋上に来ていたんですか?」
昼休み以外で屋上に来るようになってから、初めて人と会うことに素直に驚く。
「あぁ。あそこに寝転んで空見上げると、気持ちいいんだぜ!」
その言葉を聞いて途端に嬉しくなる珠紀。
「私も好きなんですよ!この景色っ!」
満面の笑みで真弘の意見に賛同する。珠紀の嬉々とした声に一瞬驚いた後で、優しく微笑み口を開く。
「だろうな」
「お前もか!」と言った返事を予想していたため、賛同に賛同され返され思わずきょとんとする。
「あれ?前にこの話、したことありましたっけ?」
思った疑問をそのまま投げかける。
「いや?したことはないな…」
「じゃあ、どうして…」
「だーから、さっき言っただろ?また来たのか、って」
「あれ?でも、放課後屋上でこうして会うのは初めてですよね?」
いまいち彼が言いたいことが掴めないまま、頭の中が次第に混乱してくる。
その珠紀の様子に気づいてか、めんどくさそうにしながら説明してくれた。
「だからよー、俺様があそこにいるときにお前が来てたんだよ!」
そう言って、先程までいた踊り場の屋根の方を指差す彼。
なるほど。
確かにあの場所に人がいるかどうかまでいちいち確認していなかった。
そもそもあの場所に行けるのは、目の前にいるこの人しかいないのではないだろうか。
ということは、たまに屋上に来て幸せ気分を満喫している自分の姿を見られてしまっていたことになる。
そう思った途端に、恥ずかしさが込み上げてきて、顔が熱くなる。
「どうして声かけてくれなかったんですか!?」
その恥ずかしさをなんとかして消そうと、大声を出して詰め寄る。
「あ?あぁ、悪りい…」
決して怒っているわけではないのだから真弘が謝る必要は無いのだが、その珠紀の勢いに押されてぽろりと零れた謝罪。
珠紀も珠紀で謝って欲しかったわけではなく、気まずい空気が流れる。ただ何とも言えない恥ずかしさを解消するためだったことが逆効果で余計に気恥ずかしくなってしまう。
どうしたらいいものかと珠紀が頭を悩ませていると、真弘がスタスタと屋上の端まで歩いていき、ん〜と伸びをする。

「それにしても本当に好きなんだな、この景色」

屋上の柵に手を掛け、目の前に広がる景色を見下ろしながら一言発する。
「…そうですよ!穏やかな気持ちになれませんか?」
スタスタと彼がいる方へと歩き、隣に立ち同じように景色を眺める。
「まぁな」
そよそよと柔らかい風が二人の髪を揺らす。
それからしばらくの間、お互い静かに手すりに寄りかかったまま穏やかに流れていく時間を過ごしていた。



あれからどのくらいの時間が経っただろうか。
傾いていく太陽に目を奪われていたらすっかりその太陽が水平線の彼方に行こうとしている。
腕時計をはめているわけではないため、すぐに時間を確認できる状況に無い。
「真弘先輩、今何時か分かります?」
隣にいるであろう彼の方を振り向き、声を掛けるとそこに彼の姿は無い。
不思議に思いながら視線を下に落とすと、その場にしゃがみ込んでうつらうつらとしていた。
「んあ?」
ごしごしと目をこすって欠伸をしながら、珠紀の方を見上げる彼。
まさか、隣でそんなことが起こっているとは全く気付かず、長時間も付き合わせてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいになって、「すみません」とぺこりと頭を下げる。
「いや、別にいいんだが…、それよりこれから一人で帰るつもりか?」
ふあぁとまた一つ欠伸をした後で、立ち上がって眠気を飛ばすためにふるふると頭を振る。
「そうですけど?
鬼斬丸の脅威もなくなりましたし、最近はカミサマも落ち着いてきていますから大丈夫ですよー」
鬼斬丸は無事に破壊しているし、それ以来タタリガミに襲われる機会も減ってきている。
それにいざというときはおーちゃんがいてくれると、自分でも暢気に考えていたかもしれない。
その暢気な態度が伝わってしまったのか、声を荒げて彼が話す。
「あのなー、油断大敵って言葉があるだろ!それに太陽が沈んだら余計に危険なんだぞ!ったく、仕方ないから俺様が送って行ってやるよ…」
そう言ったかと思うと、どうやらカバンを教室に置いたままらしく「昇降口で待っとけよ!」と言い残して屋上から出て行った彼。
ぽかんとしたまま、その提案を了承するでもなく彼の背中を見送ってしまったが、屋上のドアがバタンと閉じる音ではっとする。

共に鬼斬丸を破壊するために奔走した私と先輩。
自分で言うのも恥ずかしいが、その戦いの中でいわゆる恋仲になったとはいえ、相変わらずの毎日を送っていた。
二人で下校するなんて何日振り…、いや、そういう状況は今日初めてと言っても過言ではないかも知れない。
そもそも二人で村道を歩くというのは、一旦実家に戻ってまた季封村で暮らせるように両親を説得してから戻ってきたあの日に先輩と再会して、共に家へと二人で歩いた以来だろうか…。


十分に好きな景色を堪能して、その景色を先輩も好きなんだって分かっただけで幸せだというのに、まだこれからも楽しい時間が続いていくとはあのとき屋上のドアを開けたときには思ってもいなかった。
今日一日で一生分の幸せを味わってしまうのではないだろうかとさえ思ってしまう。
そして指定されたとおり、側に置いていたカバンを掴み昇降口へと向かった。

ここに来たときと同じく、軽快な足取りで…。
自分の背中には羽は無いのに、今ならどこへでも飛んで行けそうな気がした。


完 製作日:2007.09.05


あとがき

私が真珠のシチュで一番好きなものは放課後の二人での帰り道なんですよね。
これまでにも何度か書いているのですが書き過ぎかもしれなくてそれが怖くて数えていません(笑)
今回は「二人で登下校」がいつものことになる前の二人が書きたかったのです!
それから、同じ目線で物事を見れるというのは素敵なことなんだなという心を込めて。

それでは読んでくださった方、ありがとうございました。