留守番中に秘める想い(真珠前提 翡翠時系列話)

家の中に普段いる人がいないだけでこんなにも静かなものなのか。
彼女が出かけていく姿を見送ったのはいつのこと。
まだまだ彼女は帰ってこないのに、もう寂しい…。



「むぅ。まだシビルは帰って来ぬのか…」
珠紀の家の居間で、そんな声がぽつりと零れた。
美鶴が先程渡してくれたかき氷をスプーンでつつく。
しゃり…と音が立って、崩れた氷が赤く染まる。
いちごの甘い匂いがするそれをスプーンですくって口へと運ぶ。
いつも美味しいそれ。
でも一人で食べるそれはいつもとは違う味がした。
「つまらぬ…」
またぽつりと言葉を漏らす。
今年の春にこの家で共に暮らすようになってから早数ヶ月。
まさか自分がシビルの家に厄介になるとは考えてもいなかった。
初めて出会ったあの夜から本当に不思議で理解できない人間だった。
自分たちの目的を果たすべく、シビルの仲間を痛めつけたこともある。
確かに敵対していた彼女と自分。
そんな私にどうしてあんな笑顔を向けてくれるのか。
「本当に理解に苦しむ人間だな」
そう、呟くアリアはどこか優しい表情だった…。


静かな家。
綿津見村とやらへ、二人で出掛けてしまってからまだそんなに日は経っていない。
鴉と言い合いをすることもなければ、そんな我らの間を取り持つ珠紀の声もしない。
うるさい空間に慣れてしまった自分は、こうも静かだとどうもそわそわしてしまう。
以前は静かなあの洋館こそが自分の居場所だったというのに。
「洋館か…」
その風景を思い出すのはいつぶりか。
もう手を伸ばしても掴めない彼女の姿が浮かんで消える。

自分の側にはもうフィーアはいない。
分かっているとはいえ、どうしても願ってしまうことがある。
心の奥底に仕舞った想いがふと蘇る。
「アリア様」とまた優しく呼んで欲しい。
その温かくて柔らかい手で自分の頭を撫でて欲しい。
恥ずかしいからやめい!と言ってしまったあのときに戻りたい。
いや、戻れるなら、あのときに…。
母のような、姉のような、一番の仲間だった彼女を自分のこの手で守れる過去へ。
そんなことが出来るというなら自分の命と代えてもいい。
結局最後の最期まで守ってもらってばかりだった。
心のどこかで彼女の優しさに甘えていたのかもしれない。
唯一無二の存在だったフィーアを守るべきだったのは私の方なのに…。
だが、私がこんなことを考えていると知ったらフィーアは心を痛めるのだろうな。

いつの日か自分が願ってよく唄ってくれた歌声を思い出す。
しばらく、もう少しだけフィーアのことを考えていたいと思った。
珠紀と鴉が戻ってきたときにはまたうるさい家に戻るのだろうから…。
溶けかけたかき氷へとそっと視線を落とす。
まだ溶けていない氷の固まりがぷかんと液体の中に浮かんでいた。
しばらくぼうっとしてしまっていたらしい。
はたして飲み干すべきか。
うむ、と考えている間、どうかお控えなさってください、と言うであろうフィーアの様子を想像してふと微笑む。
そして、またしばらく考え込む。
後悔していないと言ったら嘘になる。
でも、泣こうとは思わない。
それは彼女が望まないことだろうから。

ああ、どうか、彼女の心が平穏でありますように。

静かに目を瞑って、そう祈りを捧げた。
彼女と、彼女に…。


完 初出:2007.09.14


あとがき

記念すべき、初のアリア書きがシリアス路線になりました。
フィーアがいないことが真弘ルートの切ない点の一つだと思います。
春、アリアが珠紀と共に住むことになってからの話も知りたいですよね!
緋色での「夏の海」の次に読んでみたいシナリオですね〜。

それでは読んでくださった方、ありがとうございました。