月を見上げて(真弘×珠紀)

真夏の暑さが和らいで、夜になるとすっかり涼しくなった秋の日、中秋の名月。
季封村では、天気予報通りに晴れて雲に隠されることなく月が夜空に浮かんでいた。
家の縁側からその月を見上げた後で、とある番号へと電話を掛ける。



プルルル…と呼び出し音が鳴った後で、その相手が電話に出る。
「もしもし」というでもなく、一言目は決まって、「おう、どうした?」から会話が始まる。
都会の大学へと進学する際に、携帯電話を持つことになった彼。
番号を登録してあるため、自分に掛けてきた相手が私だと分かっている故の行動なのだろう。
それと比べて、まだ携帯電話を持つ必要性が感じられなくて家の電話だけしか利用していない私。
先輩から掛かってきた際に直接自分が出たときはもちろんのこと、美鶴ちゃんが取次いでくれるときでさえ、何も心構えをしないまま始まる会話にいつもドキドキしてしまう。
自分だけが慌ててしまうのも癪だから、たまには驚かせてみたいと密かに思っているものの、家の電話からの発信だとそれは一向に果たせないのも当然で…。
(公衆電話からでも掛けたらびっくりするのかな…)
受話器の向こうで「おーい」と言う声を数回聞きながら、ぼんやりとそんなことを考えてしまっていた。
その呼びかけが「電波でも悪ぃのかな?」という呟きに発展したところで、慌てて言葉を発する。

「先輩っ!空見上げてみてください!」

「は?空?」
いきなりの説明不足な提案に戸惑いを顕わにしている彼に急いで説明を付け加える。
「今日、十五夜なんですよ!
とてもキレイな月なんで、先輩もぜひ見上げてみてくださいよー」
すると、受話器の向こうからガラガラと窓を開けているらしい音が聞こえてきた。
反応から察するに今夜が十五夜だとは知らなかったのだろう。
先程、縁側から見上げた月を思い出して頭の中で描き、わくわくしつつ彼の反応を待つ。

「あ…、あー。見事にまんまるだなー」

「そうですよね!スゴイでしょう!」
月がキレイなことと自分には何の関係もないことは分かっているのに、何故か自慢げになってしまう。
素敵な情報を先輩に教えてあげられたのだという満足感に浸りつつ、縁側で夜空を見上げたあのときにどうしても月がキレイだと伝えたくなった気持ちをそのまま実行に移してよかったなと心から思った。
そんな楽しそうな珠紀とは裏腹に、何故か第一声から黙ったままの真弘。
(そういえば、何か言葉が詰まっていたような…)
ふと、先程の先輩の言葉を思い出して、改めて考え直してみようとしたときだった。
「……って、悪い。
実はこっち少し曇ってんだよな。今ちょうど雲に隠れていて、見えるのは少しだけだな…」
段々と小さくなっていく彼の言葉から、申し訳なさが伝わってきた。
その先輩の言葉を聞いて、あの間はそういうことだったのかと合点が行く。
住んでいる所が違うのだから、季封村が晴れているからといって必ずしも先輩がいる地域が晴れているとは限らない。
遠く離れていても同じ月を見上げることが出来るということだけを安易に考えて天気のことなど忘れてしまっていた。
気を遣わせてしまったなと思う反面、月が見えるフリをし続けることも可能なはずなのに、敢えてきちんと本当のことを言ってくれたことに嬉しくなる。
ついつい口元が緩んでしまうことを抑えながら、未だに気まずそうにしたままの彼に声を掛ける。
「そうなんですか…。
でも、こんなにキレイな月が見られないなんて、真弘先輩って相変わらずツイてませんね」
そう言った後で、くすくすと笑う。
少しでも彼の気持ちが晴れるようにと願いを込めて…。
その嫌味を込めた私の言葉に、「な、なんだ、その言い方は!」と反論してきた先輩だったが、私の気持ちが伝わってくれたのか、その後はいつも通りに何気ない会話が始まって行った…。



「月にウサギっているんですかね?やっぱり」

ふと、頭の中に浮かんだ疑問をそのまま口に出す。
月にはウサギが居て餅つきをしている、というのは小さい頃によく聞く話だ。
いつ、どのようにして、誰からその話を聞かされたのかは全く覚えていないが、子供心にとても興味をそそられた。
ぺたんぺたんと二匹がかりで餅をついているさまを想像するだけでもなんとも可愛らしい。

「は?……何、お前。まだそんなこと信じてんのかよ?」

その疑問を否定するだけならまだしも、自分まで馬鹿にされたかのような相手の返答に少しむっとする。
そういえば大分前に祐一先輩からとある話を聞いたことがある。
近所の廃墟に祐一先輩を誘って忍び込んで初めてカミを見たときの、幼少の先輩の対応。
物音がした際に、怖くなって逃げ出そうとした祐一先輩と対照的に身動ぎさえしなかったという…。
とはいっても、それは怖くなかったから動かなかったという勇敢なことではなく、怖くて動けなかったというのだから真弘先輩も子供のときは可愛い性格だったんだなと思ったものだ。
それ故、先輩が小さい頃どんな子供だったかなんて詳しくは知らないけれども、絶対真弘先輩だって小さいときは信じていたはずだ!と根拠もないのに強く思った。
「んな!月にウサギがいるって思ってたこと無いんですかー?
小さいときとか、そういう話聞いてわくわくしませんでした?」
「…いや、俺様はそういったガキじゃなかったからなぁ」
素直に子供の頃は信じていたと言ったとしても、別に何も恥ずかしいことはないのに、妙に大人ぶる彼。
なんとかして本当のことを言わせようと意地になった珠紀の心に妙案が浮かんだ。
「ふーん。じゃあ、もういいですよ!
明日卓さんに先輩の子供時代のことを聞いて見ますから!!」

卓さんといえば、守護者の中で最年長の人。
真弘先輩の小さい頃のことももちろん知っているはずだ。
最終手段とでも言わんばかりに突きつけた提案に、先程までと打って変わって明らかに動揺を見せ始める彼。

「お、お前!そ…、それはやめておけ!」
「やっぱり先輩も信じてたんじゃないですか〜」
何の勝負をしていたわけでもないが、どうしても勝ち誇ったような態度になってしまう。
それから、ふと自分が電話片手に居る廊下から居間を覗き込んで時間を確認する。
あっという間に時間が過ぎていることに驚いて、自分にはすべきことがあったことを思い出す。
「あ!いけない、いけない!思ったよりも話し込んでしまいましたね。
美鶴ちゃんが月見団子を作ってくれるらしくて、それを手伝おうと思ってたんでした!」
「おぅ。そうか。じゃあ、またな」
「はい、おやすみなさい」
「おやすみ」
そう言ってから、相手が電話を切るのを待って携帯電話を折り畳む。
ふと窓から空を見上げると、うっすらと雲が掛かっているものの先程よりも姿が現れている月が見えた。
月にはウサギがいる。
確かにその話を聞かされたときは子供心に信じてしまった自分。
「信じた」だけで終わっておけば良かったな、と子供時代を思い出して頭を抱える。

「明日大蛇さんに聞きに行ったりしないだろうな…」

そう、ぽつりと呟いた言葉が遠くの空へと消えて行った。


完 初出:2007.09.30


あとがき

「お月見」という言葉から浮かんだ小ネタを膨らませた作品です。
月にウサギっているんでしょうかね?
この時期になると、ふと思い出しては浮かぶ疑問。
今夜もまたぺたぺたと餅をついているウサギたち…。そう思うと、とても微笑ましいです!

それでは読んでくださった方、ありがとうございました。