おかしいのはお互いに 後編(拓磨×珠紀)
教室を出た後で拓磨が右と左のどちらに行ったかさえ分からない。
廊下に出てきょろきょろと周りを見渡してみても彼の特徴ある髪の色は目に付かず、何人かの生徒が固まって思い思いに談笑に花を咲かせている。
その輪の中にお邪魔して拓磨の行方を尋ねようにも、文字通り談笑の邪魔になりそうで躊躇してしまう。
ここでもたついている時間も無いし、急がないといけない気がして気が逸る。
これはもう勘に頼るしかないかもしれないと思い立ち、一目散に屋上へと向かった。
「拓磨!」
走って屋上に向かっていた珠紀は屋上へと続く階段をスタスタと上って行く拓磨の背中へと声をかける。
勘が当たっていたことが素直に嬉しいし、なんとか追いついた。
その呼びかけにぴたりと立ち止まった拓磨が振り返って階段の下で息を荒くしている珠紀の元へと下りてくる。
「珠紀か……、どうしたんだ?そんなに慌てて……」
「……えっと…、はぁ、…だから、その……」
上手く呼吸が整わなくて、話をするのも途切れ途切れになってしまう。
体力がないことが明らかで自分で自分が情けなくなってくる。
もっと基礎体力をつけるように日ごろから努力しておけばよかったと思っても後の祭り。
それにそんなことはもう拓磨も知っていることだから今更だろう。
とん、と最後の一段を下り終えて隣に来てくれた拓磨が見かねて珠紀の背中をとんとんと優しく叩いてくれる。
そのリズムに合わせるように呼吸を数回繰り返してようやく落ち着いてきた。
ひどく高鳴っていた心臓も徐々に脈打つ間隔がいつもの調子に戻ってきて一息つく。
「ありがとう」と拓磨を見上げてお礼を言うと、合った視線がふいと逸らされた。
たまたま視線が合った瞬間に拓磨の注意を引くようなことが起こってそちらを気にかけてしまったのなら分かる。
だが、この場所に居るのは二人だけで特に何も起こってなどいない。
とにかく、先程の教室での慌てぶりといい、たった今の視線の逸らし方といい…、非常にわざとらしい。
これは珠紀に気付いて欲しくて敢えてそうしているのではないかと思ってしまうほどのわざとらしさだ。
拓磨がそういう打算をすることはないと分かっていても、次第にその行動に対してイライラしてしまう。
もう自分から聞いてみるしかない、と単刀直入にぶつけてみることにした。
「最近さ……、拓磨何か悩みでもあるの?」
さすがに、おかしいとか変とかいう言葉をぶつけるのはどうかと思えて言葉を選んだ結果の質問。
ニュアンスの違いはあるかもしれないが、そこから話を広げていければなんとか聞き出せるかもしれない。拓磨の雰囲気が最近いつもと違うように感じる理由が。
「悩み?いや、べ、べつにないけど」
どうしてそこで言葉が詰まるのか。もうこれは何かあるという合図に違いない。
それが無ければ、もどかしく思いながらも一旦引き下がるか、また新たな手を打つ必要があったのだが、こうなっては引き下がらずに突き進むしかないだろう。
ぐっと右手を強く握り締めて自分に喝を入れる。
「最近ね…、拓磨、たまに上の空になるときあるでしょ?それから、何か考え事してるときもあるし…。だから、何かあったのかなって思って」
話しながらも聞いてしまっていいのだろうかと不安になってきて言葉が震えて、徐々に小声になっていってしまう。
もしかしたら聞かれたくはないことなのかもしれない。
自分が気になるからって相手から聞きだそうとする行動ははたして正しいことなのだろうか。
拓磨の心配をする振りをしているだけで本当はただ自分がすっきりとしたいだけなのかもしれない。
そう考え始めると止まらなくなってくる。
つい先程、拓磨にはっきりと聞いてみようと決めたときの強気な自分はどこに行ってしまったのか。ただここにいるのは弱気な自分。
「変なこと聞いてごめん。気にしないで」と笑顔で弁解することもできないまま、沈んだ気持ちになっていく。
そんな不安でたまらないという珠紀の想いが表情として表れていた。
明後日の方向を向いて黙ったままだった拓磨が、ふと珠紀の方へと視線を向けてそのことに気付いてはっとする。
「珠紀、お前……」
そう、呟いて少し間を開けてから、また話し出す。
「まさかお前にそこまで気にさせていたとは全く気付かなくて本当に悪かった。
だけど何かが起こったということではなくて、お、俺自身の問題なような気がして……。
だから、そのーなんだ?本当はこういうとき珠紀に気づかせたらいけないんだろうなってのも分かってる。でも、最近何かおかしくて……」
黙ったまま話を聞いていた珠紀だったが、一体拓磨は何を言おうとしてくれているのか。分かるようで分からない。
折角話をしてくれているのだから、ここで口を挟むのも気がひける。
とはいえ、全く検討も付かないままでは一行に話の筋が掴めないだろう。
ここは申し訳ないが仕方が無い、と割り切って、はて、と首を傾げて質問する。
「拓磨自身の問題って……何のこと?」
当の拓磨はもうここまで言ってしまえばこれ以上言葉を濁すことも出来ないだろうと観念したようで、頭をがしがしとかいてからゆっくりと話し始める。
「あーっと…、それが最近無性に胸の辺りがイライラとしてしまうことがあってだな。
それはお前が真弘先輩や祐一先輩、慎司とかの守護者の連中とかと楽しそうに話しているときに限って湧き上がってくる感情で…、けど…」
「そ、それって、やきもち?」
話を聞きながら、思ったままの感想が無意識に口から出る。
自分でも自覚はあったのだろうが、珠紀が言い当てたことで羞恥心を刺激してしまったのか拓磨の顔が一気に赤くなる。
その様子を見た珠紀でさえもつられてついつい赤くなってしまう。
頬の火照りを感じながら、俯いたところで途中で遮ってしまった言葉が続いて行く。
「だけど、そうやって先輩たちとかに嫉妬してしまうのはあり得ることだと思うから、それは問題じゃないんだ。ただ自分でもおかしいと思うのはここからで……」
どうやら拓磨が悩んでいる本当の理由は別にあるらしい。
下を向いたままで頷きながら拓磨の話を聞いていた珠紀がつと顔を上げる。
目と目が合う。今度は逸らされなかった。
何を言おうとしているのかは分からないが、言いにくそうにしていてなかなか言い出せないでいるようだ。
なんとか力になれないものかと、拓磨の左手をそっと握ってにこりと微笑む。
「大丈夫だよ」という気持ちが拓磨に伝わるように、そっと優しく。
その珠紀の気持ちが伝わったのだろう。
拓磨も微笑んで優しく珠紀の手を握り返してくれる。
「だからさ、自分でもおかしいとは思うんだが、多家良とか美鶴に対しても最近は何かこう、もやもやしてしまうようになっちまってさ…」
「え?清乃ちゃん……と美鶴ちゃん?」
一体何が飛び出てくるのかと大きく構えすぎていたせいか、その拓磨の言葉にぽかんとしてしまう。
とうとう言ってしまったと言わんばかりに盛大に息を吐く目の前の彼を見ていてもまだよく話が読みこめていない。
つまりはどういうことだ。
拓磨にとっては、清乃ちゃんや美鶴ちゃんに対してのやきもちと真弘先輩や祐一先輩、慎司君へのやきもちでは話が違うということだろうか。
やきもちはやきもちで同じもののように思えても彼からすると違うものらしい。
両者の違いといったら、前者が女の子で後者が男の子という違いだけだろうか。
そう考えて行くと、時間は掛かってしまったが珠紀にもことの次第が分かってくる。
つまり、拓磨にとって自分と同性の人間への嫉妬はありだとしても、異性である女の子にまで嫉妬してしまっていてはおかしいという考えに至ったということか。
(やきもちはやきもちなのに?)
そういえば、教室で清乃と話しているときに拓磨がこっちを気にしていて視線が合った後に急に教室を出て行った行動にもそれが深く関係していたのだろうと思い出して納得する。
とはいえ、清乃と話をするきっかけになったのは拓磨のことを気にしていたからで、その話をしている最中に反対に拓磨は珠紀を気にしていたというのか。
お互いがお互いを気にしていた結果、気まずくなってしまうなんて本末転倒もいいところだ。
そう考えると拓磨が最近おかしく思えた理由が分かってほっとするよりも何故か笑いが込み上げてきてしまう。
いや、ほっとしているからこそ笑いが零れてしまうのかもしれない。
不安なんていつの間にかどこかへ吹き飛んでいた。
「……っ、あはは!」
そして、とうとう我慢出来ずに吹き出してしまう。
空いている左手で口元を咄嗟に隠したとはいえ、それでは隠し切れない声。
「た、珠紀。笑うのはひどくないか…」
その様子を見て、がっくりと肩を落とす拓磨。
本当は言うのもためらっていたのに頑張って白状したら笑われた!とこのままでは思わせてしまうだけなので、「ごめん、ごめん」と素直に謝る。
ただ謝りつつもその表情はにやけてしまっているので何の効果もないかもしれないが。
「でも、拓磨はそれおかしいっていうけど、おかしくないと思うよ」
込み上がって来た笑いが収まったところで、ぽつりと言う。その言葉を聞いて珠紀の方を見た拓磨とまた目と目が合う。
視線が合ったまま、言葉を交わしていく。
「え?」
「ふふ、だってね。私もそういうこと思うもん。真弘先輩と拓磨が仲良さそうにしてるの見たら羨ましくなる」
「そうなのか?」
「うん、そうだよ。
ただ拓磨と殴り合いしたいなーとか、肩組みたいなーとかは思わないけど」
付け加えるようにして言った言葉に今度は拓磨が吹き出す。
別に笑わせようと思って言ったわけではないが、拓磨が笑ってくれて本当に嬉しかった。
「だからね、それでも拓磨がおかしいって思うんだとしてもこれだけは忘れないで。
おかしいのはお互いだって」
そう笑顔で言い終えたところで繋いでいた手を引かれて引き寄せられたと思ったらそのまま強く抱きしめられた。
ようやく以前の二人に戻れたようで心からほっとする。
聞こえてくる鼓動が心地良くてとても愛おしくて、そっと後ろから彼の背中を抱きしめて瞳を閉じた。
完 初出:2007.11.25
あとがき
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でのキリリクを頂いて書いた作品です。
「拓珠で、拓磨が嫉妬。甘い感じ」
甘い感じが出ているか甚だ疑問ではありますが、とても楽しく書かせていただきました。
目が合う、手を繋ぐということでもお互いの距離の近さを感じることができるのかも!
それから相手のことが好きだからこそやきもちはやいてしまうのだろう、と。
それでは読んでくださった方、ありがとうございました。
そして、素敵なリクをくださった方、本当にありがとうございます〜!