おかしいのはお互いに 前編(拓磨×珠紀)

「最近、拓磨がおかしい…」
そう、ぽそりと独り言をこぼした後で拓磨の席へと視線を向ける。
眠たそうに机に突っ伏している様子の彼。
それは今までにも何度も見たことのある行動で、特におかしく思うべき姿ではないのも分かる。
でも、やっぱり何かがおかしい。



「やっぱり変なんだよね…」
拓磨の後ろ姿をじーっと凝視したまま、再度独り言をぽつり。
その珠紀の言葉は誰かに向けて発したものではなく、ただ心の中に降り積もって溜まってしまった疑問がぽろっと零れてしまっただけのものだった。
自分でも口に出しているとは意識していない二回目の言葉。
だからこそ、その無意識な独り言に反応が返ってくるとは思わず、拓磨の背中を見つめ続ける自分の視線を遮るようにひょいっと清乃が入ってきたときは人一倍驚いた。

「変って……、珠紀ちゃんも十分変だよ」

「えぇ!って、清乃ちゃんか〜。もうびっくりさせないでよ……」
清乃の突然の視界への乱入にびくっと高鳴った心臓の動悸を抑えるように胸に片手を当てて、はぁーと大きく息を吐いて呼吸を整える。
珠紀の席の横に立って、大丈夫?と心配そうにする清乃。
そもそも珠紀と清乃は隣の席なのだからお互いの席に座ったままでも難なく会話できる。
だが、実際には清乃が今のように珠紀の席の横に立ったままで会話をする方が多い。
話しかける状況によっても違ってくるだろうし、話が盛り上がって座ることも忘れて立ったままというなら説明も付く。
とはいえ、立ったままだと疲れはしないだろうかと一度でも考えてしまえば何となく気になってしまうものだ。
珠紀が椅子に座ったままで、清乃を立たせてしまっているという具合に変に解釈してしまったことでますますそれに拍車が掛かる。
それ故、疲れるだろうしわざわざ立ったままでいてくれなくて座っていいよ、と珠紀が提案したのがつい先日のこと。
そうしたら、珠紀ちゃんの席とのこの微妙な空間のせいで何だか距離が遠く思えて嫌なんだよね〜、という返答だった。
それから、珠紀ちゃんが気になるんだったらもういっそのこと机をくっ付けちゃえばいいよ!と言い出してがたがたと自分の机を動かしたところで、いつの間にか朝のHRのために学級にやってきていた担任に注意されて、元に戻った距離。
……と、自分の席の横に立つ彼女を見てそういうことを思い出している場合ではない。


最初は心配そうにしていた清乃の視線がすっかり呼吸は整っているというのにぼーっとしている珠紀の様子を怪訝そうに窺うものに変わってきていた。
その視線を肌で感じてこれはいけない、と顔を上げて清乃へと言葉を掛ける。
もう拓磨の姿は全く視界に入らなくなっていた。
「ごめん!急だったから驚いちゃって……!」
どことなく変になったその場の空気を取り繕うかのように、えへへと笑ってみせる。
ばればれの作り笑いだったはずだが、その珠紀の笑顔に一応は安堵したのか、清乃がふぅと一息つく。
「それならいいけどさ。何かあったの?
ふと珠紀ちゃんの方を見てみたら、一心不乱にどこか一点を凝視しちゃってるんだもん。
鬼気迫るものとまではいかない眼差しだったけどお姉さんちょっと怖かったぞ!
しかもその視線の先を辿ってみれば、言わずもがな鬼崎君だしさ!
何々、君たち喧嘩でもしてるの?」
最後の言葉だけを取ってみれば少しは心配してくれているのかもしれないが、興味津々といった態度や口調で言われては心配してくれてありがとうという気がなくなってしまうのも事実。
言葉の合間に「お姉さん」といった清乃ちゃん独特の単語が入っているのだから尚更だろう。
まぁ、そうはいっても、自分の話を聞いてもらえるというのはありがたいことだ。
ただ相手が清乃というのに一抹の不安がよぎりはするが、ここはもう腹を括ってここ数日自分を悩ませ続けているあることを話してみることにした。
それに対して何か意見を貰えるかもしれないし、人に話すことで自分の気持ちが整理されてすっきりしたり、今とは別の考えに行き着いたりすることもあり得るだろう。
「言い合いはしてないし、喧嘩してるわけじゃないと思うんだよね。話しかけたら返事はしてくれるし、逆に話しかけてもくれる。
でも、やっぱり最近おかしいんだよ、拓磨が……」

「ふぅーん…。喧嘩はしていない、と」

ふむふむと頷きながら、物事を一つずつ整理していくように言葉を繰り返す清乃。
そして、ほんの少しだけ身体を後ろに振り向かせて、そうっと視線だけを動かしてばれないように拓磨の様子を窺う。
その清乃の影から拓磨の姿が珠紀にも見えた。
先程見つめていたときは机に突っ伏したまま動かなかった後ろ姿だったが、今回は起き上がって頬杖を付いていた。
ただぼーっとしているのは相変わらずで少ししか変わっていなかったから、またすぐにでも机に突っ伏して今度は本格的に寝てしまうかもしれない。
そう思って拓磨を眺めていた珠紀の視界が身体の位置を元に戻した清乃によって閉ざされて、また拓磨が見えなくなる。

珠紀の方へと向き直った清乃にとってはちらりと垣間見た拓磨の姿がいつもと同じように思えた。
眠たそうにしている後ろ姿はよく見かけるものだし、そう思っても仕方が無い。
それでも珠紀が言うには何かおかしいらしい。
そんな珠紀への少なからずの心配とそれは一体何なのかという単純な好奇心が織り交ざった気持ちから当の本人へ尋ねてみることにした。
「それで?どうして、珠紀ちゃんは鬼崎君が変だって思うのかな?」
「うん…。それがね。話しかけても上の空だったり、そうかと思えば何かを考え込んでいたりして、なんとなくだけど雰囲気がいつもと違うように思えておかしいんだよね…」
「なるほど……。
ただのクラスメイトというだけの私では気付くことなど到底出来ない微妙な違いというわけね!」
先程までの深刻で真剣な雰囲気をぶち壊すほど陽気なテンションで、「さすが珠紀ちゃん!」と言い放つ清乃。
褒められても全く嬉しくないのはどうしてだろうか。
そんな清乃のテンションにすっかり起こされてしまったらしく、季節が冬に向かっているとはいえ昼間はぽかぽかとして丁度良い具合に暖かくなっている机の隅で丸まってうとうととしていたおーちゃんが一声不満そうに「ニー」と鳴いてから珠紀の影の中へと消えて行った。
とはいえ、その姿が見えるのは珠紀だけなのだから当の本人がおーちゃんの睡眠を妨害していると気づくはずも無い。
そうこうしている間にも一人で盛り上がって行く彼女をなんとか落ち着かせようと試みる。
こそこそと話していた会話が拓磨にまで届くようになってしまったら元も子もない。
「き、清乃ちゃん!拓磨に聞こえちゃうよ!」
「……!あー、そっか!そうだよね、ごめん」
そう言って、両手を合わせてぺこっと頭を下げる。
拓磨に聞こえたら困るという珠紀の想いが通じてくれたようですぐに落ち着いてくれた彼女の姿にほっと安堵する。
「それにしても、どうしても気になるなら本人に直接聞いてみるのも手だと思うよ」
一瞬でテンションが急上昇して騒いだ後での優しいアドバイス。
本当にこれが同一人物の行動だろうか。つくづく清乃ちゃんは不思議な子だなと思う。
心のままに暴走しているようでそれさえももしかしたら何か考えがあっての行動なのかもしれない。
ともかく、清乃に話を聞いてもらったおかげでもやもやしていた気持ちが落ち着いた気がする。それに、拓磨にそのことを尋ねてみようかどうしようかと行動に移せないでいたことにも後押ししてもらえた。
いい友人を持ったものだ、という結論に辿り着いて清乃を誇らしく思いながらにっこり笑う。
「そうだよね、ありが…」
そんな感謝の気持ちを告げようとする珠紀の言葉を遮っての一言。

「あ!でも、珠紀ちゃんの勘違いって可能性も捨てきれないよね!」

だから、鬼崎君に聞くにしても気をつけたほうがいいかもよー、と更なる助言を付け加えてくれる。
これはもうどうしたらいいのかと呆然とするしかなく、にっこりと笑った表情が凍りつく珠紀。
やはり前言撤回。目の前のこの子は思いのままの言葉を口にして、場合によっては心のままに暴走しているのだろう。うん、そうに違いない。
そう心の中で二度大きく頷いた。



珠紀が自分のことをそう認識しているとは知らない清乃は相も変わらず一人で話を続けていた。
「そもそも鬼崎君のそのおかしな行動も彼くらいの年頃ならあり得るかもしれないわね……。
若さ故、青春時代真っ只中特有の……、!」
話が途中で途切れたため、どうしたのかと顔を上げると勢いよく清乃が後ろを振り返っていた。
それを目で追うと、清乃が気にしている方向は正しく拓磨の席。
頬杖をついているのは変わっていない姿だが、大きく違っていた。
じとーっと横目でこちらの様子を窺っていたのである。
その拓磨と目が合ったかと思えば、慌てたようにしてぐるりと反対方向へと上体を動かす。そして数秒後、席を立ってスタスタと静かに教室を出て行ってしまった。
清乃のテンションが上がって、珠紀を褒めている辺りはもしかしたら拓磨にも声が届いていたかもしれないが、その他は声を抑えていたし聞こえてはいないはずだと思う。
一体どうしたのかな、と不思議に思っていると、頭上から大きなため息が一つ。
「あちゃー、もしかして鬼崎君に聞こえちゃってたのかな?
でも、だったらああいう風に慌てはしないよね…。うーん、やっぱり珠紀ちゃんの言うように彼何か変だね。
今のはただのクラスメイトの私にも分かる!」
そう、力強く拳を握って熱弁する。
こちらの様子を気にしていたのは確実だとしても教室を出て行ったのは偶然でもしかしたら先生に用事があるとか、次の授業を抜け出してタイヤキを買いに行こうとしているのかもしれないとか頭の中でいろいろと並べてみたけれども、その清乃の熱弁にはっとする。
これはもう追いかけてみるしかない。
ただの勘違いだったら恥ずかしいけど、それでもやっぱり拓磨のことが気になって仕方が無い。
そう気付いたら居てもたっても居られなくて、「清乃ちゃん、ちょっと行ってくる!」とだけ言い残して席を立つ。
それに対する清乃の了承を貰わないまま、スタスタと小走りで教室をあとにする。
その後ろ姿に清乃が笑顔でひらひらと手を振って見送ってくれたことにも気付かなかった。
それほどまでに急いで拓磨を追いかける。
もう心の中には拓磨しかいなかった。


続 初出:2007.11.16


あとがき

10000hit でのキリリクを頂いて書いた作品です。
「拓珠で、嫉妬」
思いの外長くなってしまいましたので前後編に分けましたが、この区切り方もう一つのキリリク作品と似てしまった気がします…。
文章の長さや流れからいって区切るにはどうしてもここしかなく…、ワンパターンのようで個人的にちょっとしょんぼりです。

話としては拓珠のはずなのに、清乃ちゃんが大半を占めてしまいました。
やはり清乃ちゃんも大好きなんだよなと何度目かの愛の再確認です!

それでは読んでくださった方、ありがとうございました。
そして、素敵なリクをくださった方、本当にありがとうございます〜!