光り輝く思い出の前奏曲(真弘×珠紀)
ハロウィンが終わると、もう街はクリスマスに染まっていく。
日数的にはまだまだなのだから気が早いなぁと思いつつも、
緑や赤で飾られていく商店街の景色を眺めてしまうとどうしてもそんな気持ちとは別にそれでも待ち遠しくてたまらなくて嬉しくなる。
今年も残すところもう一ヶ月を切り、刻々と日々が過ぎていく。
「師走」という名の通り、今年中に何かしなければいけないことがあるというのにまだ自分は出来ていないのではないかという慌しい気持ちになってばたばたとしてしまう。
一種の強迫観念が存在するのではないかと思ってしまうほどだ。
すべきことがなくても何かしないといけなく感じたり、すべきことをしていなければ早くしてしまわないといけなく感じたりといつも何かに追いかけられているような気分。
毎年のことだが、年末というものはどうしてこんなに忙しいものなのだろうか。
大掃除に、年賀状作り。
通知表の結果に一喜一憂しつつも、なんとか二学期が一区切り付いてほっとするのも束の間、冬休みの宿題という名目で出される課題に学生の本分である勉強から逃れられることはないのだと悉く思い知らされ肩を落とす。
そうとはいっても、毎日宿題に取り掛からなくても結果的に終えることができればいいのかもしれない。
そう、心の中で自分に言い聞かせながら横目で文机の上に置かれている宿題の束を見やる。
(だって……、今日はクリスマスイブなんだもん)
クリスマスイブ、クリスマス、お正月などの冬休み中の大きな行事を、その日は宿題をしなくても大丈夫といった免罪符のようにしてしまうのもどうかと思うが、そういった日は大人しく落ち着いて勉強に励んでいられないというのも事実だった。
「珠紀様、そろそろ約束のお時間ではありませんか?」
部屋の襖越しに自分に呼びかける美鶴の声がした。
ふと時計を見ると、待ち合わせの約束の十分前。
神社の境内から伸びるあの長い階段の下で待ち合わせているから十分に間に合う時間だけれども、時間を確認するのをすっかり忘れてのんびりと出かける準備をしていたため、今美鶴に言われなければ遅刻してしまうところだった。
急いでコートを羽織り、マフラーを首に巻いて、文机の横に置いていたバッグの持ち手を掴み、無造作に手袋をその中へと突っ込んだ。
今は暖かい部屋の中にいて、身体も冷えていないから手袋まではめようとは思わないが、いずれ必要になったときのためにと考えての行動だった。
そして、最後に鏡の前で立ち止まり、乱れてしまった前髪を直してから部屋を出る。
「ありがとう、美鶴ちゃん」
襖を開けて、そこで自分が出てくるのを待ってくれていた彼女にお礼を言っていると、ぱたぱたと廊下の奥からアリアが出てきた。
「珠紀、どこかに出かけるのか?」
今年の春から共にこの家で生活するようになった彼女。
最初は居候だという自分の立場からかどこかよそよそしい態度をしていて気にしなくていいよと何度も言ったものだが、もう今となってはここが自分の家なのだと思ってくれているみたいでれっきとした家族の一員だった。
特に「珠紀」と名前を呼んでくれるのがとても嬉しかった。
「うん。今日は真弘先輩と約束してるんだ」
「ふむ…、この間飾り付けたツリーがとてもキレイだったから一緒に見ようと呼びに来たのだが、それならば仕方ないな…。少し不服だが、今日のところはあやつに譲ってやろう」
「うん。ごめんね……、ありがとう。明日のクリスマス当日に一緒に見ようね!
まだ電飾を灯してないけど、明日はもっとキレイになるよ」
「ふむ。そういえばそうだった。それは楽しみだな」
先日、引っ張り出してきたツリーをアリアと美鶴ちゃんの三人で飾り付けた。
家庭用の小さなツリー。
それにオーナメントを丁寧に飾り付けて行って、最後にツリーのてっぺんに星を乗せた。
もうこれだけで十分キレイなのだから、ぐるりと巻き付けた電飾に明かりを灯したらどんなにキレイに見えることだろう。
ただ明かりを灯すのは当日のお楽しみにしておくのもいいかもしれないわよ、と飾り付けを終えてツリーに見とれている三人のところへやってきたおばあちゃんに提案されて、その通りにすることにしたのだ。
確かに、ツリーの光り輝く美しさに見慣れてしまっては勿体無い。
そんな輝くツリーの姿を想像して楽しそうに笑うアリアと、そんなアリアの横で優しく微笑む美鶴に自分も笑みを向けて、「じゃあ、行ってきます」と告げる。
「気を付けて行ってらっしゃいませ」
「じゃあ、気を付けてな」
と、共に二人に見送られてガラリと玄関の扉を引いて外に出た。
その瞬間、家の中の暖かさとはガラリと変わって冷たい空気を感じて思わず肩を竦める。
吐いた息も瞬時に白く変わる。
晴れているのに、とても風が冷たい。
夕方の今でこんなに寒いのだから、今夜はまた一段と冷え込むかもしれない。
そもそも今日はまだクリスマスイブであって、クリスマスではない。
クリスマス当日にプレゼントを交換したり、ケーキを食べたりするのが本当で、私も明日アリアや美鶴ちゃん、おばあちゃん、守護者の皆と一緒に我が家でパーティをする計画になっている。
ただやっぱりどうしてもクリスマスの雰囲気の中自分の大好きな人と二人だけで時間を過ごしたいと言う気持ちもあって…。
クリスマスを皆で過ごすのをやめてそちらを取るか、それともそちらを諦めて皆で過ごすほうを取るか。
どちらも大事な自分にとっては、どうすればいいのか全く決め切れなくてここ数日悩んでいた。
誰かに相談しようにも、身近な人に相談できることでもなく頭を抱えていたとき、かかってきた電話。
それは季封村での仕事を終えて典薬寮へと戻っていた清乃ちゃんからだった。
距離が離れてしまった分、以前のように頻繁には会えなくなってしまったが、今でもこうしてお互いに連絡を取り合い、彼女との友情は途切れることなく続いていた。
そこでその希望の光に半ば縋るように相談してみると、返ってきたのはあっけらかんとした一言。
「それなら、イブに二人で会うことにして、当日にパーティしたらいいんじゃないの?」
まさに盲点だった。
言われてしまえば何とも簡単に解決できる悩み事。
そのことにも気付かず、悶々と悩んでいただなんて自分で自分に呆れるしかない。
その後、彼女にお礼を言って、お互いの近況を語り合って電話を切った。
清乃ちゃんも年末で忙しい身らしく、ばたばたと過ごしているようでクリスマス当日も忙しいから自分もパーティに参加したかったなととても羨ましがっていた。
「今度!春休み……と言わず、近いうちに絶対遊びに行くからね!」
そう、約束した彼女の力強い声を思い出しながら、階段を下りていきしばらく待っていると駆けてくる足音が聞こえてくる。
「あ!真弘先輩!」
その姿に向かって手を振る。
「悪い、待たせたか?」
「いえ、たった今下りてきたところですよ」
そういう挨拶をしてからどこかに向かって歩き出そうとするのだが、さてどうしたものか。
クリスマスはアリアたちと一緒に我が家でパーティしませんかと誘った上で清乃ちゃんのアドバイス通りに、その代わりにイブの日に二人で会えないかと尋ねてみたところ、快諾してくれた彼。
そのことを心から喜ぶだけ喜んでおいて、そういえばイブに何をしようかとは全く考えることなくクリスマスパーティの準備ばかりしてしまっていた。
全くのノープラン。この場所からどの方向に歩き出せばいいのかさえ分からない。前か後ろか、右か左か。
「ところでよ、珠紀。
お前、今日何しようとか決めてるのか?」
珠紀の動揺が伝わったのか、今一番聞いてほしかった質問を投げかけてくれる。
自分から誘っておいて、したいことが多くて決められなかったならまだしも全く考えてもいないなんて申し訳なさ過ぎて、ただ無言で首を横に振った。
穴があったら入りたい、という言葉がぴったりくる心境だった。
ため息をつかれて呆れられるか、はたまた怒られるかと思っていると、隣から聞こえてきたのは声を殺した笑い声。
「っ、……ははっ。何だよ、それ。
まぁ、約束したっきり何も言ってこないし、そうじゃねぇかとは思ってたけどよ」
約束をしてから、何をしようかと計画する素振りを見せない珠紀を薄々変に思ってはいた。
全てを彼女が決めてサプライズという可能性もあるかもしれなくて、もしそうだったら自分から何をするつもりなんだと聞くのはいけない気がして黙っていたのだが、一行に進もうとしない彼女の様子にサプライズの線はないと踏んで聞いてみて正解だった。
「それで?今日は門限を言われてたりするのか?」
「いえ、門限は特に言われてませんけど……」
「だったら、今日中にお前を帰らせれば大丈夫ってことか。
一応後で美鶴にそのことは連絡しておくとして……、じゃ、行くか」
「え?行くってどこにですか?」
状況が分からないまま、手を引かれて村道を突き進んで着いたのはバス停。
これからバスに乗って、季封村を出てどこに行こうと言うのだろう。
時刻表でバスが来る時間を確認している彼の後ろ姿を見ながら首を傾げる。
振り返った真弘と視線が合うと、疑問を浮かべている珠紀とは違ってにかっと笑う。
「実はさ、今俺が住んでる所の近くにライトアップされている通りがあってさ。
その通りの先に行くとでっかいモミの木のクリスマスツリーが飾ってあるらしくてよ。
それ、見に行かねぇか?」
大きなクリスマスツリーに、街頭の木々がライトアップされて並んでいる景色を想像しただけでうきうきしてくる。
先程、家にあるツリーが光り輝く様を想像したアリアの気持ちもこういう気持ちだったのだろう。
「見てみたい!すっごく楽しみ!」と敬語も忘れて返答すると、また笑ってくれた。
まさか家にあるツリー以外にもツリーが見れるとは思っていなかった。
まだ明かりが灯されたツリーは見ていないが、今夜見るものも明日見るものもどちらもキレイなはずだろう。
しかも、そのどちらも自分の大好きな人と見れるというのだからなんて幸せなことか。
どんな美しさなんだろうとか、そのツリーの下でどんな言葉で今の気持ちをぶつけてみようとか考えながらバスが来るまでの時間をベンチに座って過ごした。
もちろん手は繋いだままで。
完 初出:2007.12.25
あとがき
メリークリスマス!と言いつつ、作品はイブの話です。
これから始まる二人の出来事への序盤の話になってしまいましたが、わくわくしている珠紀の気持ちが表れていたらいいなと思います!
意図せずとはいえ真弘先輩に対して敬語を使っていない珠紀、初めてです(ドキドキ)
それでは読んでくださった方、ありがとうございました。