交錯する想い(拓磨×珠紀←真弘←?アリア)
いつもと違った顔をしているから、そんな姿を見たこっちまでもが泣きそうになった。
怒るでもなく、笑うでもなく、ただ瞬き一つせず黙ってとある光景を見つめる姿。
自分が彼に向けている視線には気付かずにぼんやりと立ち尽くしていた。
彼の視線を追えば、そこには自分もよく知る二人組がいた。
「今夜は鍋をする予定ですので買い出しに出掛けてきます。その間、留守を頼みます」と美鶴が告げたのが数十分前。
その言葉を聞いて「自分が行ってくるから任せて」と珠紀が笑顔で提案した。
もちろん美鶴がすぐに珠紀の提案を受け入れるはずもなく、「私が行きます」「いやいや、私が!」との多少の押し問答を繰り返した後、結局美鶴が折れて珠紀に買い出しを任せるという形に落ち着いた。
そして、そんな珠紀に付いて行こうと名乗りを挙げたのが、このアリア・ローゼンブルクと、赤い髪をした珠紀の恋人……、名前は……、そう、確か珠紀が拓磨と呼んでいる人物である。
そして、商店街にあるスーパーまで行く道すがらたまたま出会った男、鴉取を加えた四人で買い出しに向かい、そんな私は現在彼らと離れて一人、豆腐を探しに来ていた。
本当はあの買い物カートとやらを押してみたかった気もするが、聖女モナドとしてははしゃぐわけにも行かず、その役目は珠紀に譲った。
その上、そういうことをしようものならあやつにからかわれかねん。
買い物カートの存在に心奪われていることを誰にも悟られないうちに必要な食材を珠紀から聞き出し、それを取ってきてやろうという名目と共にその場から離れてきたのである。
そして丁度豆腐の売り場を見付け、おもむろに手に取った。
冷えている分、ひやりとした感触が手に伝わる。
落とさないようにと気を付けながら必要な分のパックを抱える。
おそらく珠紀たちは入口付近にある野菜コーナーにまだいることだろう。
他にもこのコーナー付近にある食材が必要だった場合、また取りに来るのは二度手間になってしまいそうだが、豆腐だけで両手いっぱいで他にはもう持てそうに無いのだから仕方ない。
ひとまず、一旦珠紀たちのところへ戻ることにした。
案の定、珠紀たちが野菜コーナーにいるのが遠目に分かった。
そこにいるのは珠紀とその恋人。鴉取はそこにはいないようだ。
決して広いとはいえないこのスーパーの中ですれ違うことも見かけることもなかったが、私と同じく、別の食材を取りに行っているのかもしれない。
そう考えながら、珠紀たちと合流しようと向かっていたところ、今まで隠れていた棚の向こう側に鴉取の姿を見つけた。
手にペットボトルを数本持っているからやはり自分と同じく食材、何か飲み物を取りに行っていたのだろう。
自分の予想が当たっていたことに、ふふんと得意気な気持ちになりながら歩を進めたが、どこか様子がおかしい。
自分が珠紀たちのところへ近付いているのとは違って、一歩も動かずにただその場にぼんやりと立ち尽くしていた。
一体どうしたのだと注意深く彼の様子を見て、思わず自分もその場に立ち止まった。
まるで今にも泣きそうな顔をしていたから。
いや、泣きそうというよりは、どこか傷ついたような表情で。
そんな姿を見たこっちまでもが泣きそうになった。
立ち尽くしたまま一体何を見ているのかと、その視線を追えばそこは先程自分も見た光景で、よく知る二人組がいた。
(何か言い合いでもしておるのか…?)
お互いに自分が選んだと思われる白菜を片手に何かを言い合っているような光景だった。
何かを、というよりは「こっちにしよう!」「いや、こっちだろ!」というやり取りさえも簡単に予測できてしまう。
それほどまでに普段から何でもないことで言い合いを繰り広げているこの二人。
喧嘩するほど仲が良いとは言うが、まさにその言葉は彼女たちのためにあるものなのではないか……と、少し呆れながら二人のやり取りを見ていた。
今、ここで彼女たちに近付いていくものなら、この騒ぎに巻き込まれかねん。
もちろんそうなった場合、珠紀側に自分が付くことは確実なのだが、今はそれどころではなく、どうして鴉取が立ち尽くしたままなのかということだ。
こういう場合、呆れて決着が尽くまで気付かなかったフリをしよう、というタイプではないはずだ。むしろ、言い合いしている二人の間に入っていく人間だろう。
では、どうしてあんな表情を……。
相変わらず動こうとしない彼を見た後で眉根を寄せて考えながら、もう一度言い合いしていた二人へ視線を戻すと、どうやら両方買うということで和解したらしい。
何とも単純な解決方法だろうかとやれやれと呆れながら、仲直りの笑みを向け合っている二人からふと鴉取へと視線を移す。
すると、今まで見つめていた視線を下げ、その光景から逸らすように顔を背けた。
そして、その視界が自分の方へと向き、視線がおのずと私の姿を捉えた。
思わず目と目が合ったことに動揺して、急いでどうにかしようとしたところで、重ねて持っていた豆腐の塔がぐらりと揺れ、一番上のパックがバランスを崩し、ゆっくりと落ちて行った。
あ!と思った瞬間にはもう遅く、足元でがしゃっと音がした。
落としてしまった豆腐パックの状態を確認しようにもまだ両手に他のパックを抱えているため、拾い上げることも出来ず、自分の足元を見ることしかできずにいると、呆れた声が自分に掛かる。
「あーあ、何やってんだよ」
先程まで傍目に見た自分までもが悲しくなるような、そういう表情をしていた少年。
ひとまず抱えていたペットボトル数本を足元に置いて、しゃがみこめない自分の代わりに、その場にしゃがみ豆腐パックを拾い上げ、落とした衝撃で角がへこんでしまったパックを確認している。あの表情が焼き付いていて何を話しかければいいのか分からず、いつもの憎まれ口でさえ叩くこともなくそんな様子を黙って見ていた。すると、こちらの方を見て彼が言う。
「中の水がこぼれなくてよかったな。
まぁ、パックの形は見ての通りだが、食べられそうだからあんま気にすんなよ?」
笑いながら、両手に持っていた他の豆腐パックをひょいひょいと取っていく。
両手に一個ずつでようやくしっかりと持てるようになったところでそれは取らずに、豆腐を落とした騒ぎに気付いて近くに来た珠紀たちの買い物カートのかごの中へと入れた。
側に来た珠紀が「アリア、大丈夫?」と掛けてくれた声にこくんと無言で頷いた。
そして、その後は皆で一緒に回りながら食材をかごの中へと入れていった。
どうしてあんな表情をしていたのに、今は普通に笑っているのか。
そもそもどうしてあんなに辛そうな表情をしていたのか。
まだ自分には分からないことばかりだったが、ただその表情を思い出してはどこかが痛くなる自分がいた。
豆腐を落としてしまったことを申し訳なく思う気持ちの他に、何か悲しい気持ちが生まれていた。
完 初出:2008.02.11
あとがき
ゲーム本編中でアリアが拓磨のことを何て呼んでいたのか分からない等、いろいろと困ったアリア視点となりました。
アリアから真弘先輩への矢印はあるかないかで表わすと、おそらくこれでは「ない」に近い段階だと思います。
10歳のアリアが成長したときに諸々が分かっていくのかもしれません。この話の延長線上では。
それでは読んでくださった方、ありがとうございました。