言いようの無い不安(真弘←珠紀)
「行かないでっ!」
今にも飛び去ろうとするその背中に叫ぶ。
その翼のはばたく音で、私の声は彼には届かない…。
いや、私の声が今出ているのかどうかさえも分からない。
ただ一筋の涙がこぼれた…。
「ん?お前がわざわざ教室まで来るなんて珍しいな」
今、珠紀は真弘の教室の入り口に立っていた。
なんとかクラスの人に頼んで、真弘先輩を呼んでもらうことにしたのだ。
そして、数秒後。
呼び出された彼が、そう珠紀に声を掛ける。
今日の朝、見たあの夢が頭から離れなくて、授業どころではなかった。
昼休みには会えるだろうと屋上に行ったが、彼はいなかった。
いつもと同じようで違う時間。
変な夢を見たせいだろうか…。
先輩がいない昼食時間は今日が初めてではないのに。
心にぽっかり穴が開いてしまったかのように、虚しい気持ちに襲われた。
急いでお弁当を食べ終えて、教室まで行ってみることにした。
「おいっ、どうしたんだ?」
なかなか話し出さない珠紀にもう一度声を掛ける真弘。
ようやくそこで自分が呼び出した彼がやってきたのだと気付く。
「あっ、屋上に先輩いなかったから、ちょっと気になって…」
「あぁ…、今日は次の授業の準備があってな。
って、一応伝えておいたんだがな…、祐一から聞かなかったか?」
「え?…聞きません、でした」
祐一先輩や慎司くん、拓磨と一緒に食べた昼食を思い出す。
(どうして真弘先輩が今日はいないのか、聞かなかったな…)
自分が尋ねたのなら普通に祐一先輩は答えてくれていただろう。
「尋ねる」ということすら考えられなかった自分がいた。
そんな簡単なことすら気付かないほどに、繰り返されるあの映像。
どうしても頭の中から離れてくれない…。
胸が締め付けられるあの想い。
伝わらない言葉。
とても遠い、あの背中。
「鴉取ーー、そろそろ行くぞー」
ふと、真弘にかかる声。
声のした方を振り向く二人。
先輩のクラスメイトだろうか…、男の人が私たちがいる方ではない教室の入り口付近に立っている。
「っ、やっべっ!もう、そんな時間か!
悪りい、珠紀。何か俺に用があったんだろ?
それ、放課後でもいいか?」
明らかに焦っている様子で、目の前に立っている真弘がそう珠紀に尋ねる。
先程言っていた「次の授業の準備」のことだということはすぐに分かった。
もう昼休みが終わろうとしている。
急がないと間に合わなくなる時間だ。
「はい。放課後でも大丈夫です」
努めて笑顔を崩さないように気を付ける。
そして、目の前にいた彼は風のように走って行ってしまった…。
そう、まるであの夢のように。
彼女の心に残るのは、言いようの無い不安、ただそれだけだった。
完 初出:2007.04.23
あとがき
いろいろな傾向のものに挑戦してみようと思いまして、シリアス物に。
ちなみに真珠ではありますが、真弘←珠紀という微妙な設定です。
片思いというのもそれはそれで面白いなーと思いました!
自分の傍からいなくなってしまうのではないかという気持ちが表現できていればいいなと思います。
それでは読んでくださった方、ありがとうございました。