明日という未来(真弘×珠紀)

カチ、カチ、カチ…

時計が音を立てながら、一秒、一秒と時を刻んでいく…
その音がただただ煩わしくてたまらなかった。
その音を聞いていたくなくて、家中の時計全てを止めた。

でも、時は止まってくれやしない…



あるとき、聞かされた自分の運命。
そのときから自分の時間は止まっていたのだと思う。
ただただ怖くて仕方がなかった。
時間が過ぎる度に、いつか来る「そのとき」に近付いていっているのだと思わずにはいられなくて、心がなくなっていく様な気がした。
そして、「自分」というものが完全になくなったとき、「そのとき」がやってくるのだと思った。

カチ、カチ、カチ…カ、

自分の部屋にあった時計を止めたのはいつのことだっただろうか。

ババ様から聞かされた自分の運命…。
全く信じられる話ではなかった。
何もしなくても普通に当たり前のようにやって来ていた「明日」
それが自分にだけ来ないかもしれないだなんて。
太陽が傾くことがあんなに怖いことだと思ったことはなかった。
夕焼けが美しい?
そんな想いはどこかに消えた。
朝日が昇ってくるかどうかも分からない。
夜になると、その闇が永遠に続くように思えてくる。
ただただ一人で過ごす夜の時間が怖かった。
静かな部屋。

カチ、カチ、カチ…

時を刻むその音だけが部屋に響く。
俺に現実を思い知らせるために存在しているのかと思ってしまうほど、この世界にある時計全てを壊してしまいたかった。

カチ、カチ、カチ…

恐ろしい音を響かせるその物体を片手で掴み、ばっと、すばやく上へ持ち上げる。
窓を勢いよく開けて、その物体を握ったままの腕を思いっきり後ろへ引く。

投げてやろうと思った。
壊すだけでは自分の思いは収まりそうになかった。
自分の視界から「時計」そのものを消してしまいたかった。

――― けれど、投げ捨てられなかった…


ただ腕をぶらりと垂らし、その場に立ち尽くす。
自分の両目から涙が零れ落ちる。
大声を上げて、叫びたかった。
もう心の中に抑えきれないほど溜まりに溜まった「本音」を吐き出したかった。

コ  ワ  イ

シ  ニ  タ  ク  ナ  イ

ダ レ カ …

でも、声を出せるはずがない。
両親に知られるわけにはいかない。
自分の本音を知られて、その瞳を曇らせたくないんだ。
必死に声を抑えながら、布団の上に沈みこむ。
溢れ出して止まらない涙。
震えが止まらない身体。
なんとかして落ち着けようと試みる。
深いため息をつく。
静かな空間に、また音が響き出す。

カチ、カチ、カチ、カ…
せめてもの反抗として、時計を止めることしか出来なかった幼少の自分。



夕焼けの中、真弘は校門の傍に立っていた。
目の前を自分と同じく帰宅する学生が通っていく。
がやがやと響く話し声。足音。
ふと、自分の左腕へと視線を落とす。
カチ、カチ、カチ、カチ…
腕時計が音を立てながら、時を刻んでいた。

「あと少しか…」

もう少しであいつがやって来る。
別に急いでこなくても良いと言ったはずなのだが、毎回走ってやってくる彼女。
そんな君にいつも通り、「俺様を待たせるとはどういうつもりだ?」と言ってやるか。

カチ、カチ、カチ、カチ…

もう大丈夫。
止めた時計が動き出し、新たな時を刻み始める。
そう、君が俺の目の前に現れたあのときから、すでに俺の止まった時計は新たな未来へと動き出していたのかもしれない。


珠紀、ありがとう。


完 初出:2007.05.05


あとがき

何かネタがないかしら?と思っていたときに視界に入ったのは時計。
そこから広がった話です。

真弘先輩が自分の運命を聞かされてからのことを考えると、切なくなりますよね。
彼の笑顔の奥にはどれだけの辛さがあったのだろうかと。
だから、珠紀と歩むこれからの未来が幸多からんことを、と祈らずにはいられないのでしょうね。

それでは読んでくださった方、ありがとうございました。