下り坂のち上り坂 後編 (真弘×珠紀)

ザーザーと空から激しい雨が降っていた。
それぞれ靴を履いた珠紀と真弘はその激しい雨を見上げていた。
お互いしばらくの間、無言だった…。



当分は止みそうにない。
こんな中を傘も差さずに帰ったら、家に着く頃にはびしょ濡れになるだろうし、風邪を引く可能性だって充分にある。
「真弘先輩、やっぱり無茶ですよ…」
雨の激しさに言葉を失っていた真弘にそう声を掛ける。

「そ、そうだな…、どうするかな…」
そう呟いてしばらくしたかと思うと、持っていたカバンをどさっとその場に落とし、制服の上着に手をかける隣の彼。

(ん?ま、まさか!)
思った通り、上着を脱ごうと身体を動かす真弘。
上着の下に着ているシャツがちらりと見える。
「っ!ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!
待ってくださいよ!真弘先輩っ!!!」
珠紀がそう叫んで、真弘の腕を掴む。
「ちょっ、何だってんだよ、珠紀!傘がないんだから、上着被るしかねぇだろ!
別に下に着てるの下着じゃないんだから、いいだろっ!」
「そっ、そりゃあ、そうですけど!」
「だろ?うん、じゃあ、いいよな…」
そう言うと、自分を掴んでいた珠紀の手を腕から離し、脱ぎかけの上着に手を掛ける。
「ちょっ、や、やっぱり待ってくださいよ!」
再び真弘の腕を掴む珠紀。
「あ、あのなぁ…、珠紀…」
多少彼がイライラし始めているのは気のせいではないだろう。

昇降口でギャーギャーと先程から存分に騒いでいる二人。
ザーザーと降る雨音に少しはかき消されているとはいえ、今昇降口の近くを通りかかる人は何事かと思うことだろう。
「せ、先輩っ!そんなことしなくっても、良い方法がありますよっ」
「な、…なんだよ…それ…」
お互い声を張り上げて騒いでいたのだから、疲労感が激しい…。
ゼェゼェと息が切れる。
そこで、珠紀が言い出したある提案。
その提案を聞いて、真弘は自分の耳を疑った。



雨が降る中、紅陵学院の校門を通り過ぎていく一つの傘があった。
「先輩、もう少しこっちに寄らないと…、肩が濡れてるじゃないですかっ!」
「い、いや、ちょっと待て…、なんなんだ、この状況はっ!?」
一つの傘に二人の人影。
(どうして珠紀の提案を承諾してしまったのだろう…)
雨が止むのを待つにしても、いつ止むのか見当も付かない。
これ以上ここで揉めていても、何も始まらない。
そんな状況だったのだから仕方がない。
とはいえ…、どうしてこんなことになるんだ!
真弘はしきりに後悔していた…。

――――― そう、珠紀の提案とはいわゆる、相合傘であった…


「だから、聞いてます?」
「あぁ、聞いてる。それより、一刻も早く家に帰るぞ!」
(こんな所をあいつらに見られでもしたら、何を言われるか分からん…)
少し周りの目を気にしながら、歩く速度を速める。
帰る時間が遅くなってしまった分、人の姿はないが、用心するに越したことはない。

「真弘先輩…、無理してます?」

相変わらず雨がザーザーと降っていた。
その音にかき消されてしまいそうな程、小さな声で珠紀がぽつりと呟いて、その場に立ち止まる。
そのため、傘から出てしまいそうな珠紀に気付き、傘を差して握っていた真弘が慌てて立ち止まる。
「む、無理なんかしてねぇよ!ほら、今度はお前の方が濡れるぞ」
やや珠紀の方に傘を傾ける真弘。
彼の右肩が濡れているのがはっきりと分かる。
制服の色が変わってしまっているから、相当濡れてしまったのだろう。
カバンや上着を傘の代わりにして、なるべく濡れないようにするという行動は当たり前のことだって自分でも分かっていた。
それでも、あの昇降口でその行動をしようとした彼を見て何故か気恥ずかしくなってしまった。
だからといって、風邪をひくことになってしまうかもしれないのに傘を差さずに雨の中を帰らせてしまうことになるのも嫌だった。
そう、この状況を作ったのは誰のせいでもない、自分のわがままだ…。
目の前で傘を傾けてくれるこの人に呆れられてしまったのかもしれないな、と珠紀は思った。
「ほら、珠紀」
それでも、目の前のこの人はいつも通りのあの笑顔を私に向けてくれる。


「風邪引かないでくださいね?」


何かを謝ろうことなら、また彼に心配させてしまうだろう。
珠紀にはこう言う以外に、何の言葉も浮かばなかった。
「おう!俺様を誰だと思ってんだ?
風邪なんてここ数年引いたことないぞ!」
自信満々で答える彼のその姿に心を救われながら、一言。
「先輩、それって何々は風邪を引かないってことですか?」

「なっ!おい、珠紀。それってどういう意味だ?」

くすくすと笑いながら、また歩き出す珠紀。
その歩調に合わせて、彼もまた歩き始める。
今度は、――――― ゆっくりと



まだまだ続く帰り道。
二人の声が傘の下で響く。
「先輩…、ほら、また肩が濡れてるじゃないですか!
もう今となっては今更かもしれませんけど、これ以上濡れないようにしてくださいよ!」
「あー、またそれか!
ったく、何を気にしてくれてんのかはしらないが、大丈夫だって言っただろ…。
それに、濡れた制服は乾かせばいいし、帰ったらすぐ着替えるからいいんだよ!
それより!お前はちゃんと傘の中に入ってんだろうな?」
そう言いつつ、左隣にいる珠紀の様子を見る。
「大丈夫ですよ…」
(先輩がこっち側に傘を傾けてくれているおかげで…)
意識的にか、それとも無意識なのかは分からないけれども、確かに私は全く雨にあたっていなかった。
その彼の心遣いに嬉しくなって、口元が緩んでしまいそうだ。
とりあえず、そのことには気付いていないふりをしようと心に決める。
「それにしても、二人で一つの傘を使っているんですから、二人とも雨で濡れるはずなのに…。先輩だけだなんて、不公平ですよっ!」
「だ、だから…、それはだな…。
あのとき言っただろ?」
「え?何を?」
きょとんとする私に彼が言う。


「俺がそばにいる間は、おまえのこと、守ってやるって…」


今日の天気は午後から下り坂。
雨足が多少弱まってはきているが、まだしとしとと空から降り続いている。
そんな空の下で花のように開いた一つの傘の中にいる少女の心は、まるで晴れた空の下にいるかのようにほんわりとした気持ちに包まれていた。
そして、雨雲の切れ間ではあの月夜と同じ月が優しく輝いていた…
下り坂のち上り坂。


完 初出:2007.05.25


あとがき

これにて、真珠続き物「下り坂のち上り坂」完結です!
この作品は屋上メンバーや女の子等、編を通して登場人物が多い作品になりました。
貴方にも楽しく読んでいただけたのなら幸いです。

真弘先輩と珠紀のやり取りは書いていてとても楽しいです!
喧嘩腰で言い合いをしつつも、お互いのことを思い遣って…、この二人大好きですよー!

それでは最後までお付き合いしてくださった方、本当にありがとうございました。