その笑顔を守るため(真弘×珠紀)
いつも真っ先に思い浮かべるのは笑顔。
大声を上げて笑ったり、照れ隠しにはにかんでみたり、目が合った後での微笑みや困り顔での苦笑。
数え上げたらきりがないくらい、いつもいろんな表情を見せてくれた。
でも、どうしようもなくその笑顔が曇ることもあったあのとき、あの場面…。
だからこそ、思ったんだ。
今はもう絶対あんなこと言えないけれど、初対面では小学生と間違えてしまった容姿を持つ彼。
でも、そこからは想像も付かないほどの俺様で、上下関係はくっきりと区別して年上でかつ先輩であることをしっかり主張された。それから、好きな食べ物は焼きそばパンで、鍋奉行。とある英語教師の前だとがらりと性格が変わってはきはきと敬語で喋る。そしていつも笑って、騒いでいて…。毎日が楽しそうだなぁ、といった印象だった。
いつからか、そんな姿とは違う何かを彼から感じ始める。
いつも自信満々で、何に対しても強気で困ったときには憎まれ口を叩きながらも助けてくれた。
「ほらよ」って手を差し伸べてくれる守護者の皆がいたから、だからこそ「戦う」という意志を言葉に出来たんだと思う。だけど、その戦いで迎えてしまった結末は仲間を精神的にも身体的にも傷つけるもので、玉依姫である私が守護者である彼らに戦いを強いてしまった事実が残った。
自分たちの力が敵わず、「勝てる」という希望そのものが砕け散り、勝てるはずが無いと身を持って知ってしまった彼ら。何をどうしたらいいのかさえ分からずに、前へ一歩も進めず、立ちすくんだままその事実に今でも気持ちが押しつぶされようとしていたのだろう。
あるときは屋上で、思いの丈をぶつけてくれた。
大昔からの契約で守護者は自分の身など顧みず、封印や玉依姫を守るようにできているのだと、自嘲気味に、まるで自分で自分に言い聞かせるように。そのときの悲しそうな彼の表情が心について離れなかった…。
またあるときは、玉依姫や鬼斬丸についての知識を少しでも増やそうと調べに向かった蔵で、彼の痛みや苦しみを深く知ることとなる。抱きしめられた腕の強さや微かな震え、自分の物ではない体温、そして、悲痛なまでの慟哭。
「あんなの、どう倒せっていうんだよ!これ以上何すればいい!」
そして、いつも笑顔だった彼をこんなにも苦しめる原因を自ら命じて作ってしまったことがただ悲しくてたまらなかった。胸が痛く締め付けられて自然と涙が零れ頬を伝っていく。流れる涙を拭うこともせず、目の前の彼の姿が次第にぼやけていく。それでも視線だけは彼から離さなかった。
実際に泣いてはいないけれども、何かに怯えて泣いているかのように感じたんだ。
怖い思いをさせてしまったのだとつくづく実感した。
だからこそ、思ったんだ。
初対面の印象は最悪だった。
自分の方が年上だというのに、全くそれに気づく素振りも見せず、しかもそれだけならまだしも当たり前のような子ども扱い。初対面から自分の地雷をあっさりと踏まれて、怒りのあまり拓磨に殴りかかったとしても仕方の無いことだろう。女は殴らないという主義を貫くことができただけでよしとしよう。ともかくババ様の孫であり玉依の血を引く、俺たちが守るべき存在である「姫様」として想像していたものとは全く違っていた。
それは良い意味でも、悪い意味でも…。
無鉄砲とでも言えばいいのか、本当に危なっかしい。
季封村にやってきた初日にいきなりオボレガミに襲われたと聞いたと思えば、夕暮れ時は危ないというのに一人で下校して、その血を求めて狙ってくるタタリガミと対峙した結果、絶体絶命のピンチに陥った。なんとか俺様が間に合ったからよかったものの、自ら危ない橋を選んで渡って行っているのではないかとまで思ってしまったほどだ。
今まで彼女は普通に平和な毎日を過ごしてきたのだから、こうもそれほどまでに危険と隣り合わせになった生活を送ることになったという事実を体験してしまえば戸惑って当然だろう。そこで大人しく守護者に守られているだけの存在になるという選択肢もあったはずなのだ。どうせ俺たちはそのために存在しているのだし、最初からヒトとは違う存在なのだから、区別することもしようと思えばできたはず。
それなのに彼女はわけも分からない自分の現状から逃げることなく、むしろ立ち向かって行った。守護者である俺らに対しても自分に対して従う者と認識することもなく、対等に仲間として打ち解けて行き、話をし、昼休みをともに過ごし、そして、笑った…。
もうふらふらで立っているのもやっとだった。
既に身体は悲鳴を上げていてこれ以上ないほどの痛みだというのに、少し身体を動かすだけでそれが倍増する。その痛みで気絶してしまわないように意識を必死に繋ぎとめる。仲間も皆ぼろぼろだった。
それとは対照的に、何事も無いかのように立ち塞がる敵。もうどうにでもならないと分かっていながら、それでも身体を動かしてどうにかして立ち上がる。少女のとある叫び声に背中を押された気がしたから。同じ仲間として、強く気高い声だった。
それから繋ぎとめていた意識が途絶え、どさりとその場に倒れる。
そこからは現実なのか夢なのか、はっきりとは覚えていない。
「……ごめんね。……ごめんなさい。ごめんなさい」
悲痛な声とともに嗚咽が混じる。
身体にそっと乗せられた手が震えていた。自分の腕を動かしてとめどなく溢れる涙を拭ってあげたいのに、微塵も動かせない。力なく伏せたままのまぶたを上げようにも何もできない。
夢かどうかも分からないけれど、ただ彼女が泣いていた。
タタリガミに襲われた時、そしてこのときの戦いの中でも死の恐怖を感じたとしても泣かなかったというのに。
自分のためではなく、仲間のためにこいつは泣くんだなと強く心に残った。
だからこそ、思ったんだ。
いつものように屋上で過ごす昼休み。唐突に誰かが口を開く。
「なぁなぁ、拓磨〜。今日の帰り、暇かー?」
「なんすか、先輩」
「いやぁよ、久しぶりにお前と遊んでやろうと思ってよー」
「結構です」
「なんだよ、そのきっぱりとした断り方!じゃあ、祐一!お前今日暇だろ?な?」
「……すぅ」
「寝るなよ!!お前さっきまで起きてただろっ!…はぁ、もういいよ……」
そう力なく呟いた後で、バイク雑誌片手に二人がいる辺りから距離を取って座り直す。その後ろ姿を目で追って、お互いに困ったように目を合わせる拓磨と祐一。仕方が無いとでもいうように視線で会話すると、少し遠くの所でぱらぱらと何を見るでもなくつまらなそうに雑誌をめくっている彼へと各々声を掛けた。
「真弘先輩、悪かったっす」
「真弘、機嫌を直せ。大人気ないぞ」
「大人気ないってなんだよ!!どっちかっていえば、お前らが悪いんだぞっ」
ぱたんと雑誌を閉じて、謝っている二人に向かって叫ぶ真弘。
その様子を見て、確かに祐一先輩が余計な一言をさらりと付け加えていたようにも思うが、謝っても怒られるとは一体どうしたらいいのだろうかと拓磨が呆れる。今日の放課後は録画しておいた斬九浪を見ようと決めていたというのに。目の前の困った先輩に気付かれるとまた面倒なことになりそうだから、心の中だけではぁ…とため息をつき、斬九浪はまた明日に回そうと決意する。そして、この事態に収拾を付けるためにも今日の放課後は真弘先輩に捧げることにした。
「よーし!だったら、最初からそう言えよな!」
放課後の予定を半ば無理矢理決められた祐一と拓磨はやや呆れ気味で、しかし、その様子には気付かず笑顔で喜ぶ真弘だった。
その三人が居る場所から少し離れたところに人が居た。
先程までの大騒ぎには加わらず、のんびりと昼食を満喫している二人組。
「今日のお弁当、珠紀先輩の手作りなんですか?」
「うん!最近美鶴ちゃんに少しずつ料理を教えてもらえるようになったんだよね!」
「へぇ〜、じゃあ、僕のおかずと交換しませんか?……ダメですか?」
「えっ、そんなことないよ!どうぞ、どうぞっ」
そう、笑顔で言いながらお互いのお弁当箱を相手に差し出している珠紀と慎司。
それぞれおかずを交換し、各々口へと運んで、出た言葉は同じものだった。
「「おいしい!」」
同時に出た感想に、お互い目を合わせて笑う。
拓磨と祐一を相手に放課後は何をしようか、と話を詰めていた真弘がその珠紀の様子をこっそりと視界に入れる。そして、珠紀もまた、先程までの大騒ぎの決着で生まれた真弘の笑顔を遠くからこっそり眺めていた。
自分への笑顔はもちろん、それが自分に向けられたものではなくても強く願ってしまう。
涙や弱さを見せてくれたからこそ余計に大切だと思うんだ。
そして、同じことを想い合う。
その笑顔を守るためにこれからも君の側で生きていくんだ、と。
完 製作日:2007.10.23〜2007.11.4
あとがき
緋翠阿弥陀様に提出させていただいた作品です。
お題を見た瞬間に、真弘先輩の笑顔が浮かんでそこから広がっていきました。
いつも笑っている場面が多い分、笑顔ではない姿が強く印象に残ってそれ故笑顔を守りたくなる。
お互いにそれぞれの笑顔を守るんだ、と思っているのが珠紀と真弘先輩らしいかなぁ、と。
それでは読んでくださった方、ありがとうございました。
そして、こんな素敵な企画を開催してくださった企画者様、本当にありがとうございました!