りんごのように真っ赤(遼×珠紀)

誰かが誰かに何かを言った。
その何かで誰かの頬が赤く染まった。
ある一つの騒動の決着にしては十分過ぎる幕引きだった…。



夏の季節が到来し、晴天の日が続いていた。
今日もあまりに眩しくて直視できないほど明るい太陽が空高く昇っていた。
夏服に身を包んでいるとはいえ、それでは耐え難い暑さ。
そんな中、屋上に人影が一人分出来ていた。
雑誌を広げて、パラパラとページをめくる。
この間清乃ちゃんと遠出したときに買ってきた雑誌。
現在、都会ではやっているという洋服や小物が紹介されている。
(ここではあまり関係なさそう…)
都会での流行もやはり季封村までは届いていないようだ。
そんなことを少し虚しく思いながら、ぱたんと雑誌を閉じる。

高校生活最後の夏を迎えているというのに、特に変わることもない学生生活。
学年が上がることでの変化といえば二階の教室になったこと、それから…、真弘先輩と祐一先輩が卒業して紅陵学院の校舎内では会えなくなったこと。
去年、その二人に感じていた最高学年としての思慮深さ、先輩としての雰囲気。
それを自分も同じ高校三年生になれば自然と醸し出せるものだとばかり思っていた。
最高学年になってから、早三ヶ月。
大して何も変わっていない自分が恥ずかしくもある。
まぁ、先月ようやく18歳の誕生日を迎えたばかりだから、これからということにしよう。
(これで、やっとあの人とも…)
そう、何かを頭の片隅で考えながら、自分の隣に置いた雑誌を片手で掴み立ち上がる。
そして教室へと戻り、そのあの人を待つことにした…。


「おい、寝てるのか?」
ふと、机に突っ伏していた珠紀の頭上から声が落ちてくる。
少しぼうっとした思考回路のまま、その声のした方を見上げると、不機嫌そうな表情をした彼が立っていた。
「あれ?もう掃除終わったの?」
まだ少しぼんやりとしている視界をはっきりさせようと、片目をごしごしとこすりながら、そう彼に問いかける。
「ああ」
声からでもかなり不機嫌だということが手に取るように分かる。
「掃除をサボろうとしてた遼が悪いんでしょ?」

今日は土曜日の時間割で、午前中だけ授業が行なわれた。
授業の進み具合によってたまに土曜日でも授業がある日がある。
今日がその日。
午前中の授業の後、担任からの連絡が終わると掃除当番は掃除をして、それ以外の生徒はすぐに放課後の時間になる。
そして、その掃除当番に遼が当たっていたのである。
しかしそこはやはり彼。掃除当番など彼が気に留めるはずもない。
そこで普通にサボって帰ろうとしていたところを発見し、掃除をきちんとするようにと説得…、命令してから屋上へと時間を潰しに向かったのだった。
それから、教室へと戻り掃除を終えて戻ってくるであろう彼を待とうと自分の席に座って大人しくしていた珠紀だったが、することもなく机の上に顔を沈めていたら、うとうとして眠りに入ってしまっていたらしい。

「掃除なんて面倒だ…」
「仕方ないでしょ!掃除当番になったら掃除をする。そういう決まりなんだから」
どうしてそこまで面倒なことが嫌いなんだろう。
毎日掃除当番だったら、さすがに私も嫌だけど一日だけなら面倒だとは思わないのに…。
「はぁ…、で?帰らないのか?」
「あ、うん。じゃあ、帰ろっか!」
そして、お互い自分のカバンを持ち、教室をあとにした。


天上から降り注ぐ太陽の光を浴びながら、二人並んで家路を歩く。
「そういえば、最近よく学校に来るようになったよね?」
「別に。特にやることがないだけだ」
「ふーん?」
同じ学年ではあるものの、遼は私よりも一つ年上だ。
本当なら真弘先輩、祐一先輩と共に今年の三月に卒業しているはずの人。
ただ極度のサボリ癖で全く学校に通っていなかったらしく、出席日数等の関係で留年している。
そんな遼との出会いは突然だった。
その鋭い赤い瞳と強引でぶっきらぼうな態度に何度失礼な人だと思ったことか…。
それがどうして、今はこんな関係になっているのか不思議でたまらない。
玉依の血のために、運命を翻弄され続けた彼。
鬼斬丸の封印を保つための生け贄としてその命を捧げた彼の父親。
彼自身、犬戒の血を引くものでありながら、狗谷の者として育てられた。
そんな風に彼の人生を狂わせた玉依の血をどんなに憎んだことだろう。
本来ならばその血を受け継ぎ玉依姫となった私のことも壊したいほどの憎悪の対象にしたとしてもおかしくないはず。
それなのに、守護者として、恋人として私の側にいてくれる彼。
感謝しても感謝しきれないほどだ。
まぁ、いろいろと彼には困ったところもあるんだけどね…。
なんとか彼を学校に来させて、授業に出席させるために奮闘した過去の日々が懐かしい。
ギリギリではあったものの、今年の春私と一緒に進級させることが出来て本当にほっとした。
当の本人はそんなことどうでもいいみたいだったことが非常に気に掛かったけれども。
それに不思議なことに進級と共にクラス替えで一緒のクラスになってからは何も言わなくても普通に毎日登校はしてくれるようになった。
私と同じクラスだからかな、なんて考えてしまっているのは秘密。
それにしても…、心の片隅で一つ引っ掛かっていることがある。
魚の小骨が喉に刺さったままずっと取れないでいるかのように、時折その存在を思い出す。
普段は思いもしないのに、たまにふと感じてしまう差。

「あ!そうそう、この飴玉、机の上にあったんだけど…、これ、くれたの…遼?」
「あ?」
急にその存在を思い出して、ゴソゴソと制服のポケットを探り、ころりと飴玉を取り出す。
珠紀の手の平には赤い包みに包まれた飴が一つ。
「まだ食べてなかったのか?」
「うん、一応聞いてからにしようと思って。って、やっぱり遼がくれたの?」
「聞かなくても分かるだろ…」
ある日、登校した珠紀が目にしたのは自分の机の上にころりと置かれた飴玉だった。
普段ならたまたま自分の机の上に誰かが置き忘れたのだろうと気にも留めない小さな存在だったはずで、こんなに大事に持ち歩くこともなかったと思う。
それが自分にとって特別な日だったのだから、どうしても意識してしまう。
その小さな存在が置かれていた日付、6月28日は自分の誕生日だったのだ。
「これ、誕生日プレゼントなの?」
「だから、聞かなくても分かるだろ…」
ぶっきらぼうな返事が返ってくる。
「ふーん……、ありがとう、遼」
その不器用な優しさが嬉しくてへへっと零れる笑顔。
それから、ずっと引っ掛かっていた心の小骨を言葉にしてみることにした。

「これでようやく遼とも同い年だよね!」

心の小骨、遼との年齢差。
年齢差といっても一つしか変わらないのだし、それをいつも気にしているわけではない。
学校というまだそんなに大きくない枠の中で生活している分、些細なことが気になってしまうからだろうことは自分でもよく分かっているつもりだ。
でも、やはり同じ学年なのに年齢が違うとなると、真弘先輩・祐一先輩に感じる年齢差とは違うものがあるのも事実。
待ち遠しかった自分の誕生日も過ぎてお互い18歳なわけだから、少しの間でも同い年気分を味わえばこの心の引っ掛かりもなくなるだろうという手はずだった。
そんな自分の小さな策略がものの見事に一瞬にして儚く砕け散るなんて思いもせず、嬉々として放った言葉。


「珠紀…、俺とお前、同い年ではないはずだが?」


「……え?」
湛えていた笑顔が凍り付く。
「えっとー、今、何て言ったの?」
遼の言葉が聞こえなかったわけではないのだが、それを信じることが出来ずに恐る恐る聞き直す。
「ああ?だから、俺とお前は同い年じゃな…」

「嘘っ!?」

自分から聞き直したというのに遼の言葉を遮って大声を出す。
「ちょ、ちょっと待って…。遼って今何歳なの?」
「……19だと思うが?」
少し間を置いてから出てきた彼の年齢は私が思っていた彼の年齢より一つ上。
相も変わらない年齢差。
「も、もしかしなくても、遼…誕生日過ぎてるの?え…、いつ!??」
「7月10日だが…」
「もう過ぎてるじゃん!な、何で言ってくれなかったの?」
「いや、別に、言うほどのことでもないだろ」
予想もしていない展開に衝撃を受けてどうしても興奮を隠し切れない珠紀とは対照的に淡々と言葉を紡いでいく遼。
どうしてこんなに自分に無頓着でいられるのか不思議でならない。
それにしても、温めてきた計画がガラガラと音を立ててこんなにも一瞬で白紙に戻るなんて考えてもいなかった…。
あまりの落胆に思わず「はぁ……」と大きなため息が零れる。
明らかにがっかりした様子の珠紀を見て、「どうかしたのか?」と平然と聞いてくる彼。
ふつふつと怒りが込み上げてくる。
「だって、やっと同い年気分を味わえると思ってたのに!
…もうそれは仕方ないからいいとして…。でも、ちゃんと誕生日当日に祝ってあげたかったよ!!」
泣くほどのことではないのかもしれない、と冷静に考えるもう一人の自分がいるが、悔しい感情を抑えきれずに少し目が潤んでくる。


「誕生日なんてあまり祝ってもらった経験自体がないから考えてなかった…」


少しの沈黙の後、珠紀に謝るでもなく、ただぼそりと呟く声。
見上げると、少し悲しそうな瞳をしたまま、でも、微笑んでいた。
まるで「お前は気にするな」とでも言いたそうに。
過去の誕生日の何かを思い出させてしまったのだとはっとすると同時に、そんな顔をさせてしまった自分に嫌気が差す。
「ごめんね……」とぼそりと呟く。

「別に、お前が謝ることじゃない。来年祝ってくれるのならそれでいい。
それより、その飴、まだ食べないでいるつもりなのか?」

彼の視線が珠紀の握り締められた手へと移る。
「じゃあ…、いただきます」
ガサリと包みを開き、その飴玉を口に入れる。
(うん…、美味しい……)
甘い香りと共に甘い味が広がっていく。
その飴玉の美味しさに自然と出た珠紀の笑顔をちらりと見てから、(単純な奴だな…)と心の中だけで思う。
「こんなところで立ち止まっていても暑いだけだな…」
そう言うと、ゆっくりと歩み始める彼。
いつの間にか興奮のあまり立ち止まって騒いでいたらしい。
スタスタと前を歩いていく彼を追いかけながら、ふと、あることを思い付く。
そして彼の後ろまで追いついてから声をかける。
「遼、ちょっと待って」
その珠紀の声を耳にして、立ち止まり後ろを振り向こうとした瞬間、ぐいっと引っ張られ自分の体重を支えられずに思わず少し前屈みになる。
そんな彼に珠紀から優しく口付けを。

飴玉の甘い香りが漂ってくる。
りんご味の甘い香りが。
そして、驚く彼に向かって珠紀が一言。
「来年からは私がずっと遼の誕生日を祝うから。約束。
遅くなったけど誕生日おめでとう、遼」
満面の笑みで彼を見ると、戸惑った表情をして顔を背ける。
その横顔を窺って、今度は珠紀が驚く。
いつもとは反対で彼がりんごのように真っ赤に染まっていた…。


完 製作日:2007.07.17


あとがき

いかがだったでしょうか?
もしかしたらこういう一面も持っているのかもしれないという想像から生まれた話です。
珠紀だけにしか見せない姿、いや、珠紀だけが引き出せる一面といいますか…。
遼が赤く染まることも一度はあるかもしれない、と!
私の個人的願望でもありますので、貴方の遼像と違っている場合は、その…すみません。

それでは読んでくださった方、ありがとうございました。
そして、前回に引き続き、素敵な企画を開催してくださった企画者様、本当にありがとうございました!

守護者誕生祭〜夏色眩しい七月〜
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