たまにはいいよね(真弘×珠紀)
いつも想っていることなのに滅多に言葉に出来ない気持ち。
あと一歩勇気を出せばいいことなのに恥ずかしさが込み上げる。
そんな自分の背中を押してくれたら…。
―――、そう、今日は言えるかもしれない。
さぁ、勇気を出して……。
夏の暑さに負けそうになる毎日。
外に出れば太陽に照らされた肌がじりじりと痛くて、日光が当たったところから焼けていっているように錯覚する。
日焼け止めを持っているとはいえ、塗った後の肌がゴワゴワする感じが嫌いでどうしてもなるべくなら塗りたくないなと思ってしまう。
でも、肌が焼けているように錯覚する度にどうして塗らなかったんだろうと後悔する。
そんなことを繰り返しながら、むわっとした熱気に包まれた村の中を歩き回る日々を過ごしていた。
お盆になると、おばあちゃんを訪ねていろいろなカミ様が家にやってくる。
当代玉依姫であるとはいえ、私はまだまだ未熟者だ。
おばあちゃんを差し置いて私目当てで来てくださるカミ様はまだ少ないのも事実だし、自分でもそれは自覚している。
だから、先代の玉依姫であるババ様に挨拶をしに家に向かっているカミ様を村の中で見つけてはご案内する役目を自ら買って出た。
美鶴ちゃんも私を手伝ってくれると言ってくれたけれど、家にやってくるのはカミ様だけではなく、もちろん村の人もやってくる。
家をおばあちゃんだけにしておくわけにもいかないから、家の中のことは彼女にお願いすることにした。
それに、この役目はカミ様に玉依姫として挨拶をできる絶好の機会だし、自分の見る力や気配を感じる力をより向上させる修行の一環にもなるし、本当に一石二鳥なのである。
ただひとつ気がかりなことがあるとすれば、彼のことだろう。
真弘先輩。
今年の三月に高校を卒業した後、都会の大学へと進学した彼。
文字通り遠距離恋愛になってしまった二人。
ゴールデン・ウィークや私の誕生日に帰省してくれたときに会ったくらいであとは電話で話すばかり。
最初はやはりなかなか会えないことに寂しく思ったこともあったけれど、距離が離れていても気持ちは一緒なのかもって思えて、最近は大丈夫になってきた。
それに大学も夏休みに突入したらしく、今はまた村に帰ってきているから会おうと思えばいつでも会える距離に先輩がいる。
そう思うだけで心が弾む。
実際に先輩が帰省してきた日に一緒に家でご飯を食べて、何気ないことで笑い合った。
それからすぐにお盆の時期になりお互い慌しくなってしまって、それ以来同じ村にいるはずなのに一度も会えてはいないけれど、ある約束をしていて今夜は必ず会える。
今日は彼の誕生日、8月17日。
今夜は私の家で先輩の誕生日会を開く予定になっている。
美鶴ちゃんも腕を振るってくれるらしくて、昨日は今年の春から一緒に暮らしているアリアと三人で食材を買いに商店街まで出掛けて、とても楽しい時間だった。
拓磨たち守護者の皆も呼んでいるから、今夜は賑やかになるだろうし、その分料理の準備は大変だろう。
(私も今日は早く切り上げて、手伝わないと……)
そう考えながら、村の中で迷子になっているカミ様がいないか、注意深く見ながらうろうろと歩き回っていた珠紀。
途端、ピリッと何かの気配を感じ、歩みを止める。
影の中にいるおーちゃんが「ニ!」と声を掛けてくる。
目を閉じて心を落ち着かせて先程感じた気配を辿る。
カミ様が放つ気配をゆっくりと掴み取っていくと、うっすらと村の風景が頭の中に浮かんでくる。
その場所にカミ様がいるということなのだろう。
ゆっくりと瞼を上げた後、その場所を目指して走り出した…。
「うーん、よく食べたよなー」
空に星が瞬く中、その下で伸びをしながら満足そうに真弘が言う。
誕生日会で彼に振舞われた豪勢な料理の数々。
誕生日ケーキはもちろん、サラダやフライドチキン、そして、おにぎりまで食卓に広がっていた。
たまに拓磨やアリアと取り合いを繰り広げながらも、かなりの量を今日の夕食だけで食べているはずだ。
その彼の様子を見てその小さな身体にこんなに入るものなんだな、と感心したのは内緒にしておこう。
それにしても本当に楽しい時間はあっという間で、夕方から始めた誕生日会も22時を過ぎてしまってお開きになり、それぞれ自宅に帰って行く守護者の皆を見送った後、二人で神社の境内に来ていた。
昼間の暑さからは一転して、涼しい風が心地良く吹いている。
そよそよと珠紀の長い髪が揺れ、少し乱れた前髪を手で直しながら笑顔で言う。
「今日は楽しかったですねっ」
先を歩いていた真弘が後ろにいる珠紀の方へと振り返りながら答える。
「あぁ、本当に楽しかったな!こんなに楽しい誕生日は何年振りかな…」
しみじみと過去を振り返るようにして呟かれた言葉。
その何気ない呟きにいろいろな想いが込められているのだろうと考える。
誰だって年に一回必ず来る自分の誕生日は特別で楽しい一日なはずだろう。
でも、彼にとってはあるときから「誕生日」が持つ意味が他人とは違うものになる。
まだ生きていられるのだと思える日。
この年齢までは生きていられたのかと安堵すると同時に、一年後が自分にやってくるのかという不安に苛まれどうしても怯えずにはいられない日。
とはいえ、周りから変に思われないように無理矢理にでも明るく振舞わなければならない一日。
誕生日を誰かに祝ってもらえることは確かに普通に嬉しいことなのだが、やはり心の奥底では複雑な気持ちがぐるぐると駆け巡る。
そんな呪縛から解放された後、一回目の誕生日が今日。
一体彼はどんな思いで今日を迎えて、今どんな気持ちでいるんだろう…。
「オイ、どうした?」
その声に顔を上げると、真弘先輩が心配そうに顔を覗き込んでくる。
先程まで距離が開いていたはずなのにいきなりのこの近い距離に戸惑う。
黙ったまま考え込んでしまっていたため、先輩が近付いてきたことにも気付かなかった。
そんな風に驚く珠紀を見て、気まずそうな表情をした後、「悪かったな」と優しく声が掛かる。
「別に、さっきの言葉に深い意味はないからな?変なことお前が考えるなよ?
それによ!あー…、もう鬼斬丸は俺たちで破壊したわけだし、今はもう自由の身ってやつだよ!」
そう言って、にひひっと明るく笑う。
その笑顔を見て、本当にこの人は自由になったんだなとほっとする。
彼がもう気にしていないと言うことを私が気にしても余計なお世話かもしれない。
時には過去を振り返ることも大事だとは思うけれど、今は未来に目を向けたいと思う。
そして、自分も彼に負けないくらいの笑顔を向けた。
神社の階段部分に二人で腰掛けて夜空を見上げる。
静かな時間を過ごしていると、ふと先輩が口を開く。
「そういえば、あのかっこ悪いおにぎり、お前が握ったんだろ?」
「え?おに、ぎり、ですか?」
「あぁ」
唐突に話題に上がってきた「おにぎり」。
誕生会の準備を台所でせっせとする中、主食も必要だということになり、美鶴ちゃんと一緒におにぎりを握った。
炊き立てのご飯は手が焼けるように熱くて、握るどころではなかったのも事実だ。
少し触れただけですぐにご飯から手を離したくなる。いや、手に乗った熱い固まりを投げ出したくなる、の方があの気持ちを正確に表わしているかもしれない。
ともかく、そんな苦闘を強いられている中、美鶴ちゃんは慣れた手つきで次々とおにぎりを握っていく。
見事な三角のおにぎりに感心しつつ、自分も頑張らないと、となんとか数個作り上げた。
その、おにぎり。
(……あれ?い、今何か、変な修飾語が付いていたような?)
引っ掛かりはしたものの、素直に聞き流してしまった部分を思い出す。
「か、かっこ悪い!?」
そして、その引っ掛かった部分を大声で言葉に出す。
確かに美鶴が作り上げた見事なまでの三角おにぎりに比べたら、自分の作ったものは異様な形に見えたことだろう。
「丸にしてみたらどうですか?」と横で苦戦する珠紀に美鶴の助言があったが、そうしてしまっては何かを妥協してしまったように思えてならなくて、敢えて頑張っての三角だったはずのもの。
それをかっこ悪いといわれては、ぐぅの音も出ない。
はぁ…とため息を付いた後、がっくりと肩を落として「よく分かりましたね…」と呟く。
うなだれる彼女の様子には気付いていないのか、正解したことに喜ぶ隣の彼。
「だろっ?そうだと思ったんだよなー」
もうどうにでもしてくれと半ば自暴自棄になった珠紀の耳に聞こえてきた彼の言葉は意外なものだった。
「さすがにあれを他の奴らに食わせるわけにもいかないだろ?客人だし、やっぱり良い物を食べさせないとな。
とはいえ、残り物になってしまうのも作り手としては嫌なもんだろ?
だからよ、この俺様があのかっこ悪い、おにぎりは全て平らげてやってあげたから、感謝しろよっ!」
力強くこぶしを握り締めて、いつも通り俺様で尊大な態度でそう言う彼。
「かっこ悪い」は余計だと思わないでもなかったが、そのことはもうどうでもよくなってしまうくらいの衝撃を十分に与えてくれる言葉だった。
「え?あのおにぎり、全部先輩が食べたんですか?」
再度確認するように問いかけると、「あぁ」と何事も無いようにケロリと返って来る返事。
美鶴ちゃんと比べるとおにぎり一個を握る時間は遅かったはずだから、十個は握れていないはずとはいえ、自分が握ったものを全て平らげてくれたという彼。
食事を終えたときにほとんどどの料理も残っていなかったから、自分の握ったおにぎりも誰かが食べてくれたんだろうとは思っていたが、それを誰が食べてくれたのかなんて気にもしていなくて、初めて知った事実。
それだけでも充分に嬉しくて、今度はきちんと三角になるように練習しないとな、ってこっそり思う。
そして、「ありがとうございます」とお礼を言おうとしたときだった。
「まぁ、よ。見た目はあれだったけど、うまかった、とは、思う…」
言葉を区切りながら、言いにくそうにしつつも掛けてくれた思いがけない賛辞。
添えた片手の甲で口元を隠し、目線を下げて自分と視線が合わないようにしている彼。
彼が照れくさいと思っているときの仕草だ。
淡い月明かりの下ではうっすらとしか分からないが、彼の頬は赤くなっているに違いない。
もちろん、それは自分もだろうなとも思う。
今日は目の前のこの人の誕生日で主役は彼のはず。
それなのに思いがけないプレゼントを私が彼から貰ってしまった。
主役でもない自分がこんなに幸せな気持ちになってしまっていいのだろうか…。
今までにも何度も幸せで嬉しい気持ちにさせてくれた君。
照れくさく思いながらもきちんと想いを伝えてくれる。
たまにごまかされることもあるけれど、でも、今の私たちにはそれくらいが丁度良いんだと思う。
そんな彼に自分からも何か出来れば…と自然に思った。
「真弘先輩、大好きです」
そう、普段はなかなか言えない気持ちを紡ぐ。
その突然の愛の告白に「え?」と驚いて伏せていた顔を上げて珠紀の方を見ようとする。
と同時に自分の唇に感じる柔らかい感触。
一瞬だったが、それが何だったのかは容易に分かる。
あまりの出来事に呆然としている真弘をよそに、「誕生日おめでとうございます」と笑顔で告げる。
ようやくはっとして「お、お前…、一体何を…」とわたわたしている彼を見て、心の中でくすっと笑う。
たまにはいいよね。
完 製作日:2007.08.17
あとがき
真弘先輩、誕生日おめでとうございます!(叫&拍手)
ふとやはり誕生日のお祝いがしたくなり、勢いとノリで書き上げました!
真珠では初めて書いたかもしれないくらいの、自分としては糖度高めのお話でわたわたしてしまいました(笑)
翡翠をプレイして、やはり真弘先輩が一番だなと再確認した次第です♪
それでは読んでくださった方、ありがとうございました。
そして、今回も素敵な企画を開催してくださった企画者様、本当にありがとうございました!
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